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「リーシェ、と呼んでも良いだろうか?」
自分の耳の近くで発せられるハスキーな声に身体が震える。
この背筋をゾクゾクと駆け上がる感覚は一体なんなのだろうか。
母やオルレアートに呼ばるのとは全く違う。呼ぶ人物が変わるだけで、こんなにも違う反応をしてしまうのかと不思議に思う。
コクリとまた頷いて良いと言う反応をする。それを見たレオンは、
「リーシェ…」
と、自分でその名を噛みしめるように言った。
名前を呼ばれているだけだというのに、身体の熱が上がった気がする。
(あぁ、きっと今私の顔は真っ赤ね…)
恥ずかしい、だが身体を動かせないこの状況ではただ目線を忙しなく動かすことしかできなかった。
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しばらくして、森をぬけ村に着いた。
リーシェははじめて見る村に興味を持つが、それとどうしに恐縮してしまう。
まだ朝にも関わらず人々は外で挨拶を交わし合っていたり、畑の様子を見ている者もいた。
多くの家の小窓からは薄っすらと煙が見える。おそらく朝の食事の準備をしているのだろう。
リーシェもオルレアートとレオンがいきなり来なければ、今頃いつもと変わらず朝食の準備をしている頃だ。
(はぁ…何だか夢を見てるみたい…)
朝、いつもどうりに起きてからそんなに経ってない。もはや起きたところからこの出来事が全て夢だったらどんなに良いか。
(本当、これからどうしよう…)
自分は人見知りで内気だ。人と付き合いがないリーシェだがこれは事実だろう。現に、母とはよく話すが、定期的に会う物資を送ってくれるお馴染みの従者にだってまともに話せないのだから。
顔を見るとどうしても言葉が詰まってしまう。そして何とか言葉を出そうとして焦るとさらに何も言えなくなり、結局はほぼなにも話すことはできないのだ。
(これじゃ、話せないのと変わりないわ…)
もしかしたら、話せないという設定の方が逆に役に立つかもしれない。
それならば、話せるのに口ごもるより、そういう理由があった方がよっぽど助かる。
村を通り、外れの方まで来ると、そこには一台の馬車があった。
「まだ本邸までは少し距離があるから、ここからは馬車で行く。乗馬は慣れぬと辛いだろう?」
レオンの言うとうり、確かに揺れる振動が腰や尻に負担がかかっていた。
フワリと馬に乗ったときと同様に軽やかに降りるレオンに、一瞬目が奪われる。
かなり外見が良いレオンが馬から降りる瞬間は、さながら本で読んだ王子の様だった。
しかもそのままスマートにリーシェに手を差し出して来る。
貴族にとっては当たり前の動作かもしれないが、何だか自分がお姫様になった気分だ。
恐る恐る差し出された手に己の手を伸ばし重ねる。
挨拶をしたときは、それどころじゃなく何も考えられなかったが、改めてレオンの手袋をしてる手を見るとかなり大きく、重ねたリーシェの手が赤子のように見えた。
(男の人の手は皆こんなに大きいのかしら……?)
比べる対象がいないため何とも言えないが、はじめてちゃんと触る男性の手はとても硬く、力強かった。
ギュッとレオンは自分の手に重ねられた手を掴み、フワッと馬からリーシェを降ろす。
そして手を繋いだまま馬車に乗り、二人が無言のまま動き出した。
馬車の中は意外と広く、敷かれているクッションは豪華な刺繍が施されておりとても高そうだ。
あくまでも普通の生活をしていたリーシェは見たことがなかった。
(使って良いの…?こんな高そうなの、売ったら一体クッション一つでいくらするのかしら⁇)
もうすでに座席のしたにあった薄いクッションには座ってしまっているが、そう考えずにはいられない。