僕と遊園地と友人の知人6
「それでさ、あたしは言ったんだよ。『やるならもっとマシなちょんまげにしな!』ってね」
「へぇ」
「その後も大変でさ、怒り狂った応援団長が何を思ったか審査員席の目の前で盆踊りを…………って、聞いてるのかい?」
「聞いてる聞いてる。で、現実逃避が済んだなら下を見てくれ。結構やばいぞ」
「下?」
さっきからやけに饒舌な亜希に現実を見せてやる。
地面が、無い。良くできたミニチュアの風景が眼下にあるが、決してそれに触れる事は出来ない。僅かに吹く風さえも高さ、という毒を孕んでいるような気がする。その毒にやられた内蔵はきゅっ、と縮み上がり強張る。もし安全バーが外れたら。もし機械の故障で止まることなく地面に叩きつけられたら。悪い想像がさらに体を蝕む。
今は地上25mといったところか。想像よりだいぶ遅い速度で僕達は上がり続けていた。
僕の言葉につられて下を見た亜希は安全バーを一瞬強く抱き締めた後、全てを諦めた表情で空を仰いだ。
「ははっ、せっかく気を逸らしてたのに……。道隆も見かけによらず性格が悪いね」
「そんなに絶叫系が苦手なのか?」
「そういうワケじゃ無いけど、限度ってものがあるよ、何事も」
何で意地張ったかなーあたし、と呟く亜希。決して下を見ようとはしない。
右隣の晃は長い脚を宙に投げ出し、僕越しに亜希に話しかけた。
「軟弱だな。せっかく乗れたんだ、諦めて楽しめ。どうせ俺達が死ぬ確率は何万分の1も無いんだ」
「でも、何万分の1は事故るかもしれないじゃないか」
「その時はだな」
晃は長い指を顎に当て、少し考えた。
「ふむ、まあ天命だと思って諦めるんだな。だが安心しろ。これには神の寵愛を受けた向島さんが乗ってるんだ。もはやその確率はゼロ、だ」
ふぇ、と自分の名前に反応して視線を下からこちらに向けるまきる。こいつに恐怖心は無いのか。
亜希はまきるを見て僅かに吐息を漏らした後、強い光を宿した目で晃を見た。
「ったく、あんたの言葉はいちいち嘘臭いからアテにならないよ。けどもう大丈夫。あんたはともかく、まきるみたいな可愛い子がこんなとこで事故に遭うはずないからね。安心してあたしゃ今にも寝てしまいそうだよ」
「誰の言葉が嘘臭いだ! 向島さんが事故に遭うはずかない、というのは合っているが、その台詞は撤回しろ!」
「真実を言ったまでさ。大体、晃は毎度毎度人の忠告も聞かないで暴走ばっかりして、ちょっとはそれの後始末をするこっちの身にもなって貰いたいよ」
「ぐぅ! そ、それは…………」
晃が亜希に頭が上がらないのは今回だけじゃないらしい。話の雰囲気からすると、中学以前もいろいろやらかしたみたいだ。
口げんかは亜希の勝ち。ふふん、と笑みを浮かべる亜希とうなだれる晃。明確な勝者と敗者は決定した。
しかし、悪夢は全ての者に平等に降りかかる。
ガタッ、と上昇が止まった。見上げればあれほど高かった頂上はすぐ近くにあり、見下げれば既に別世界に見える地上。
心臓がやけにうるさい。
「うわーっ、高いねー! あ、でもあっちの観覧車の方が高いんだねっ。やっぱり最後は観覧車が良いかな。亜希ちゃん、どう思う?」
脚をぷらぷらさせて観覧車を指差すまきるは普段と何も変わりない。地上50mという事を除けば。
亜希は安全バーを再度強く抱いた。
「そ、そそそそうだねっ。ででもも出来ればああああたしも優雅にこの高さを味わいたかったかなっ。」
そっかー、とまきるは脚をぷらぷらさせる。今日はアトラクションを意識してか、動き易いパンツスタイルなので地肌は見えない。だがその上からでも分かる絶妙な肉付きの脚はそう神の造形美もかくやと…………ダメだ。思考が纏まらない。
晃は安全バー越しに腕を組んだ。
「上がりきれば落ちるだけ。人生とは何か、を体現した素晴らしいアトラクションじゃないか。落ちる時は地面より下まで行く所なんて、風刺が効いてて実に愉快だ」
「晃、今は僕も余裕無いからな。ボケはスルーだぞ」
加速する思考と変わらない時間の中、僕はどうにか言葉を絞り出した。
亜希はぷるぷると大柄な体を小動物のように震わせた。
「み、道隆、あたしこれ終わったら、ゆっくり売店でいちごのソフトクリームを食べるんだっ」
「ちょっ、何か不吉な事言うのはやめ」
……――体が重力から解放される。否。重力のままに地球に落下する。内蔵の浮遊感。風の音がうるさい。出てるんだか出てないんだか分からない自分の声。周りを見る余裕は無い。極僅かに残された思考は考える。
……――亜希って悲鳴の時は女の子らしいな。
「きゃぁぁぁああああっ!! ぃぃぃいいやややぁぁああああ!!!」
みるみる近くなる地上。それと共に少しだけ足の裏に感じる重力。減速してるのか、と思った瞬間には地上は目の前だった。ぶつかる!
光から闇へ。目の前を巨大な壁が凄まじい速さで通り過ぎる。ちょっと手を伸ばせば体ごと持っていかれそうだ。想像と現実が混ざる。背筋に電流。
急に体にGがかかる。それとともに遅くなる速度と覆い被さる安心感。目の前の壁もよく見ると結構作り込んである。
無意識に強く握り込んでいた安全バーを離し深呼吸する。最下層に着いたのか、僕達は危機感のある赤い照明の中で停止した。
亜希がきつく閉じていた目を開く。
「――っはぁ! お、終わった……?」
忙しなく周りを見る亜希の目は若干潤んでいる。
まきるが相変わらずの動作で脚を投げ出しながら言った。
「えー、もう終わり? 途中の捻りもそんなに分からなかったし、まあ新鮮さで3位ってとこかなっ」
「そうだな。俺ももうちょっと演出面で頑張って欲しかったと思う。そうだ、いっそこの遊園地のマスコットを向島さんにしたらどうだ? 上から落ちる際に向島さんの声で『大当たり! 今からみんなにはブレーキ無しのチキンダイブをしてもらうよっ!』とか言われたら大興ふ……いや、大反響だと思うんだが」
それはないよー、と笑うまきる。うん、それは無いな。
はあ、ともう一度深く息を吐き、僕は隣の亜希に話しかける。
「大丈夫か? 予想以上だったな」
「……ああ、どうにかね。まったく、もう今日1日は絶叫系には乗りたく」
言葉の途中でスピーカーから女性の声が聞こえてきた。
『大変! 今から地面が大爆発を起こしちゃうわ! 3・2・1・バーン!』
同時に大音量の爆発音がして、初めとは比べ物にならない速度で上昇する。そういや晃が言ってたな、と思う間にもどんどん昇る。
20mの空洞は呆気なく抜け、曇りでも眩しい外の光を感じた。
「……道隆、これってもしかしてあれかい。安心させてもう一度落とす、ていうパターンかい?」
「……そうだな。晃が言ってたから、まず間違い無いだろうな」
その間も地面から離れ続ける。既に人の大きさは米粒以下だ。
不意に上昇が止まる。
亜希はポニーテールを風に揺らした。遠くを見つめる憂いを帯びた瞳はしとやかに。
その瞳が僕に向いた。
「道隆。これ終わったら、一緒にいちごのアイスクリームを食べよぅぁぁぁあああああ! ぃぃやだぁぁぁああ!!」
こうして二度目の悪夢は幕を閉じた。




