僕と遊園地と友人の知人5
土産物屋に着くと、僕に気付いたらしい翔子さんが見ていた商品を棚に戻して近づいてきた。
「やっと来たな、道隆。もうおまえ以外は揃ってるぞ」
翔子さんはがしがし、と頭を掻いた。
「んでな、まきるが『次はアスレチックレースに出たい!』とか、またワガママ言い出したんだよ。悪いけど付き合ってやってくれないか?」
「それは良いんですけど、翔子さんは出ないんですか?」
「あたし? はっ、んな柄じゃねぇよ。第一、いい大人が出るようなもんでも無いだろ」
ほら行くぞ、と翔子さんは出口に向かって歩き始めた。
翔子さんについて外に出ると、まきるが悪戯を成功させた子供のような表情で駆け寄ってくる。
「道隆君、後は亜希ちゃんと周防君を組ませるだけだよっ。これで2人とも仲良くなるよねっ」
僕は爽やかな笑みを浮かべて言う。
「ああ、そうだな。あわよくばドキドキイベントなんか起きればさらにおもしろ……いや、仲良くなるな」
「道隆、笑みが黒いぞ、笑みが」
「ニア、うるさい」
疑問符を浮かべるまきるに僕は構わず質問する。
「それで、何時からレースはあるんだ? 大会なら時間とか人数制限があるだろ?」
「えっと、それは大丈夫だよっ。お昼過ぎからだから時間はあるし、人数制限は無制限らしいからっ」
もう既に成功した、と言わんばかりの笑顔を見せるまきる。さてどうやってあの2人を組ませようか、と考えていると、離れて待っていた晃の低い艶のある声が聞こえた。
「おーい、道隆、そろそろ進まないか!? 一応まだレースまでは時間があるから、別のアトラクションに乗っておきたいんだ!」
「分かった! ほら、まきる行くぞ。ニアも、ここからは人が近くに居る時は気をつけろよ」
はーいっ、という元気な返事と胸に返事代わりのぽん、という衝撃を受けながら僕は晃達の居る方向へ歩いた。
合流して少し歩いた所で、目の前に『マースアタッカー』という看板と矢印が見えてきた。
晃がパンフレットを見ながらその看板を指差した。
「あったあった。あれだ。パンフレットを見た時からこれは乗ろうと思ってたんだ」
「へぇ、そうなのか。どんなやつなんだ?」
「いわゆる落下式の絶叫マシン、というやつだな。ここのは凄いらしく、地上50mまで上昇した後、地面下の空洞20mまで捻りを加えつつ落下。最下層に一定時間停滞した後、予告無しで急上昇。最後は元の位置までもう一度落下して終了、というサディズム溢れる安心設計だ」
「面白そうだな」
絶叫マシンが好きな僕としては結構楽しみだ。
看板の矢印に従い曲がる。
まず見えたのは自由落下の速度で悲鳴を上げながら地面に吸い込まれる人達。何の冗談だ、と思って見上げると、そこには限りなく高く見える建造物があった。こんなデカい物があったのか、と周りを見ると更に大きい観覧車がある。どうやら電車からは観覧車が盾になって隠れていたらしい。
地面から悲鳴と人間が凄まじい勢いで飛び出てくる。そのまま首が痛くなる程上昇していく。太い鉄骨は激しい運動に軋む素振りも見せない。
僕は思った。
……50mってこんなに高かったっけ?
「おお、存外に近かったな。うむ、なかなか楽しそうじゃないか。俺の目に狂いは無かったな。ん、どうした? 道隆」
「…………本当に乗るのか?これ」
「怖じ気づいたか?」
晃がニヤリと笑う。なんだその笑いは、上等じゃないか。
「はっ、誰が。ほら、並ぶぞ。レースの前の肩慣らしには丁度いい」
「さすが道隆。さて、待ち時間は1時間か」
そう言い合って並ぼうとすると、おじさんが時計を確認しながら話しかけてきた。
「道隆君、私と翔子さんはその辺の飲食店で時間を潰しておくよ。私には刺激が強すぎるし、ニアちゃんを預かる人間も必要だろう?」
「あ、そうですね。じゃあお願いします」
ニアをおじさんに渡す。ここは人目があるせいか、文句一つ言わずにおじさんの腕の中に収まるニア。良い子だ。
「じゃあ、楽しんできてくれよ。時間頃になったらまた戻ってくるから」
おじさんは翔子さんと2人で飲食店街の方向へ歩いていく。あ、おじさんがニアを翔子さんの頭の上に乗せた。ニアが気に入っているのか、翔子さんが気に入っているのかは分からないが、その格好のまま3人は人の波に紛れて見えなくなった。
「よし、じゃあ並ぼうか」
僕のその声で、みんなは最後尾に並んだ。
「ねえ、本当にこれに乗らないとダメかい?」
亜希がそんな弱気な声を出したのは、もう少しで僕達の順番が来る頃だった。
目の前にはさっきより近く、相変わらず馬鹿高い『マースアタッカー』が鎮座して人々を押し上げている。僕は迷っている様子の亜希に訊く。
「どうしたんだ? 体調でも悪くなったか?」
「いや、そういう訳じゃ無いんだけど……。ほら、何て言うかさ……」
轟音と悲鳴。ひゃ、と亜希は小さく漏らした後に慌てて僕を見た。
「あ、あたし、やっぱりちょっと気分が悪くなって来たかなぁ~」
「嘘つけ。怖いなら怖いって言えば良いだろ?」
明らかにビビっている亜希は震える脚をそのままに腕を組んだ。
「べ、別に怖くなんか無いさ! ただちょっと……ほらあたし、か弱い女の子だからさ」
前に並んで聞いていた晃が振り返って言った。
「ふん、中学の頃から気が強すぎて、男からアキ・ザ・アイアンハートと言われたお前がこの程度か。全く、向島さんを少しでも見習え」
そう言ってくいっ、と晃の親指が指す方向で、まきるは今にも飛び出さんばかりに身を乗り出していた。
「うわっ、うわっ。これ前来た時には無かったよねっ!? どの位の怖さかなっ。あたし的この遊園地ランキング2位の『スピードスター~流れ星は燃え尽きる~』より怖いかな? もしあたしに悲鳴の一つでも上げさせたら大したもんですよ…………ふふふっ」
若干トリップしているまきるを見て僕は思い出す。そういえばこいつは絶叫マシン大好きだったな。
うまく状況が飲み込めていない亜希に僕は説明する。
「あー、あいつは生まれた時から翔子さんに怒られて育てられてるからな。恐怖に対する耐性は凄いぞ。翔子さんが本気で怒ったら軽くオーラが見えるし。まあ、おかげで生半可な絶叫系じゃピクリともしないようになったから、逆に『あたしを怖がらせるヤツに会いに行く』とか言って絶叫系大好きになったんだけどな」
「あたしは翔子さんが人間なのか疑わしく思えてきたよ……」
「大丈夫、僕も思ってる」
何が大丈夫なんだい、と亜希は力無く言った後にパチン、と自分の頬を両手で叩いた。
「よし、あんなちっちゃい子に負けてちゃ女がすたる。周防亜希、覚悟を決めたよ」
亜希の顔に快活さと力強さが戻る。彼女の色、というのはきっとこの部分だろう。強く美しい女性は内側から輝くものだ。
そんな事を考えていると列が動き出した。
「次の方は何名様ですか?…………はい、4名様ですね。では向こう側から詰めてお座り下さい」
係員の指示に従い僕達は『マースアタッカー』に乗り込む。まきる、晃、僕、亜希の順番だ。僕達の背中あたりから大きな空洞になっていて、上がる前に僕達がこの拘束具ごと後ろへ移動し、地面にぶつからないようになっている。
がちゃり、と安全用のバーが僕達をこの場に押し留める。腰元の安全用ベルトは既に装着済みだ。
『みなさん! 大変お待たせしました。これより極上の空の旅をご堪能下さい! ただし、空の旅は何が起こるか分かりません。どうか気を抜かぬよう、お願い申し上げます。それでは、テイクオフ!』
機械音を発しながら僕達は一度後ろに移動する。下を覗くと炭坑を模した壁と、気の遠くなりそうなほど先に底が見えた。おいおいまだ地上0mだぞ、このやろう。
隣で同じモノを見た亜希が大柄な体を無意識に縮こまらせながら言った。
「あ、あたしやっぱり体調が」
ガタン、と音を立て、亜希の可愛らしい悲鳴を合図に僕達はゆっくりと空の旅を始める。
杉村道隆、テイクオフ!




