第1話 エピローグ②
大盛り上がりとなった入学式も終わり、学園が静寂に包まれたその夜。
校舎の一角にある生徒会室には、まだ明かりが灯っていた。
その部屋にいるのは、ただ一人。
生徒会長――ハヤト=アルベルト=フローレス。
会長席に深く腰掛けたハヤトは、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。
昼間の喧騒が嘘だったかのように、学園は静まり返っている。
(……あんなふうに笑うルイを見るのは、久しぶりだったな)
窓の向こうに浮かぶ月を眺めながら、昼間の出来事を思い返す。
あれだけ自信を失っていた妹が、最後には大勢の生徒たちの前で笑っていた。
兄としては、それだけでも十分喜ばしい。
だが、今夜ハヤトがここに残っている理由は、妹の召喚成功を祝うためではなかった。
(問題は……)
コンコン。
思考を遮るように、生徒会室の扉が二度鳴った。
ハヤトは扉へ視線を向ける。
「どうぞ」
返事をすると、ゆっくりと扉が開いた。
「いや~、一人で遅くまで残って何してるの、ハヤト?」
一人の男が、まるで自分の部屋にでも入るかのような気軽さで姿を現した。
背丈はハヤトよりも高い。百八十センチ後半はあるだろう。
その顔立ちは、女性と見間違えてもおかしくないほど中性的で整っている。
身に纏っているのは、所々が擦り切れた緑色のローブ。
頭には同じ色の大きなウィザードハットを被っている。
そして、長い金髪を後ろで一つに束ね、その毛先は背中まで伸びていた。
整った容姿と、使い古された衣服。
どこかちぐはぐな印象を与える男だった。
「お前に場所と時間を指定されたから、ここにいるんだろう?」
ハヤトは呆れたように男を見る。
「それで、成果は?」
「うーん……」
男は帽子のつばを指で持ち上げながら、生徒会室へ入ってくる。
「特別、変わったことはなかったよ。マナの流れも正常。怪しい動きも特になし」
「そうか」
「ただ、去年の召喚の儀式に僕はいなかったからね。あの日と同じことが起きなかったからって、何もなかったとは言い切れないよ」
男は近くの椅子を引き寄せ、背もたれを前にして跨るように腰掛けた。
「ハヤトの方は? 何か去年と違うところはあった?」
「いや」
ハヤトは腕を組む。
「来賓の出席者も特に変わらない。もしかしたら、お前の存在に気づいて何もできなかったんじゃないか?」
「え~? そこまで僕にビビらなくてもいいのに」
男は困ったように笑う。
「まあ、何かあれば分かるように感知魔法とか色々仕込んでおいたからね~。どっちにしても、簡単には手出しできなかったと思うけど」
「そうか」
ハヤトは小さく息を吐く。
「色々と苦労をかけたな、アイク」
「いやいや~。これが仕事ですからね~」
アイクと呼ばれた男は、ひらひらと手を振った。
そして、何かを思い出したように口元を緩める。
「それよりさ」
「なんだ?」
「どう? あの子」
「……誰のことだ?」
「とぼけてもダメだよ~」
アイクがニヤニヤしながらハヤトを見る。
「ルイちゃんが召喚した、あの少年のことだよ。ハヤトはどう思った?」
「あいつか」
ハヤトの脳裏に、昼間の光景が蘇る。
ルイを庇うように立ち、岩の巨人へ剣を構えていた黒髪の少年。
「まあ……中の上くらいじゃないか?」
「へえ?」
「あの岩男を前にしても逃げ出さなかった。それに、あいつは剣術を会得しているな。構えを見れば分かる」
ハヤトはアイクを見る。
「お前はどうなんだ?」
「そうだね~……」
先ほどまで軽い調子で話していたアイクが、ほんの少しだけ目を細めた。
「思春期特有のものかもしれないし……でも、ちょっと違うようにも見えたんだよね~」
「なんだ?」
アイクは少しだけ考えるように間を置いた。
そして――。
「彼、僕らと同じ匂いがするね」
「……どういうことだ?」
ハヤトの声がわずかに低くなる。
「まあ、僕もしっかり見られたわけじゃないから、断定はできないけどね」
アイクは人差し指を立てる。
「おそらく彼の魔力は、白と黒が綺麗に半々」
「半々?」
「うん。それだけなら別に珍しくない。でも――」
アイクは立てていた指を、ゆっくりと左右に動かす。
「綺麗すぎるんだよね」
「……綺麗すぎる?」
「そう。白と黒が混ざり合ってるんじゃない。まるで最初から分けられてるみたいに、真っ二つなんだ」
ハヤトは右手を顎に添え、しばらく黙り込む。
「……彼は、ルイの一つ上だったな」
「そうだね」
「思春期なら、白と黒の割合が半々になること自体は珍しくない。だが普通は、互いに混じり合いながら、その割合が揺れ動くものだ」
ハヤトは窓の外へ視線を向ける。
「それが――混ざらずに、綺麗に真っ二つ、か」
しばしの沈黙。
「……きな臭いな」
「そうなんだよね~」
アイクが椅子の背もたれに顎を乗せる。
「それにね、黒の方がちょっと変なんだよ」
「変?」
「うーん……」
珍しく、アイクが言葉を探す。
「重いっていうのかな。濃いっていうのかな」
「黒魔力の量が多いということか?」
「いや。量の話じゃないんだよね~」
アイクは首を傾げた。
「なんていうか……質が違う感じ?」
「お前にも分からないのか?」
「だから、ちゃんと見てないんだって」
アイクは笑いながら肩をすくめる。
「まあ、いずれにしても――」
その目が、わずかに鋭くなった。
「早いところ、僕らの陣営に引き入れておいて損はない人材だと思うよ」
「…………」
「魔力量も多そうだし、剣術を心得ているなら尚更ね」
「確かに、そうだな」
ハヤトは腕を組む。
「それに足る実力があるなら、引き入れるのも悪くないだろう」
「善は急げ、だよ」
アイクは椅子から立ち上がる。
そのまま扉へ向かって歩き出し――途中で足を止めた。
「早くしないと……」
ハヤトに背を向けたまま、顔だけを振り返る。
その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「あの子の力に、僕らより先に気づく奴が現れるかもしれないよ?」
「…………」
ハヤトの表情がわずかに険しくなる。
「……分かっている」
「なら、いいんだけどね~」
アイクはいつもの軽い調子に戻った。
「一応、忠告はしたからね~。じゃあ僕は寝るね。おやすみ~」
「ああ、おやすみ」
アイクが生徒会室を出ていく。
パタン――。
扉が閉まる。
再び、生徒会室に静寂が戻ってきた。
ハヤトは会長席に座ったまま、窓の外へ視線を向ける。
あの少年から感じた、わずかな違和感。
昼間は気にも留めなかったが、アイクの話を聞いた今となっては、無視できない。
(……ただの黒魔力じゃない、か)
アイクですら、はっきりとは分からない。
ならば、自分の目で確かめればいい。
ハヤトはゆっくりと会長席から立ち上がり、生徒会室の灯りを消した。
部屋が暗闇に包まれる。
窓から差し込む月明かりだけが、誰もいなくなった会長席を静かに照らしていた。
(平賀優斗……)
その名を胸の内で呟き、ハヤトは静かに扉を閉める。
(近いうちに、俺自身が確かめてみるか)
扉の閉まる音が、夜の校舎に小さく響いた。




