第1話 エピローグ①
サーバント召喚式を終えた中央広場では、まだ興奮冷めやらぬ生徒たちの声が飛び交っていた。
無事に契約を終えた俺とルイが、互いの手に刻まれた紋様を眺めていると――。
「ルイー!」
人混みの向こうから、聞き覚えのある元気な声が飛んできた。
振り返ると、マリとアンナがこちらへ駆け寄ってくる。
「ルイ! やったね! おめでとう! やれると思ってたんだよ!」
「マリちゃん! ありがとう!」
ルイは嬉しそうにマリの手を取った。
その拍子に、左肩が小さく跳ねる。
「……っ」
「ルイ?」
マリが心配そうに顔を覗き込んだ。
「もしかして、怪我してる?」
「あ、ううん! ちょっと痛むだけだから、大丈夫だよ!」
「もう……無理しちゃ駄目だよ?」
「うん。ありがとう!」
ルイは安心させるように笑うと、改めてマリの手を握った。
「マリちゃんがいなかったら、できなかったよ!」
「いや~、私はそんな大したことしてないよ」
マリは照れ臭そうに頭を掻くと、隣に立つアンナへ視線を向ける。
「どっちかというと、アンナの方が頑張ってくれたんだよね~。そうでしょう、アンナ?」
「別に。私はマリに言われたとおりにやっただけのことよ」
「……マリに言われたとおり?」
俺は二人を見る。
「どういうことだ?」
「あっ!」
マリがぽん、と手を叩いた。
「そっか! 優斗からしたら意味不明だよね! これは失礼しました!」
「?」
何を言ってるんだ、こいつ。
マリはアンナへ向き直る。
「アンナ、もう戻っていいよ!」
「分かったわ」
アンナが静かに目を閉じた。
次の瞬間、その身体が淡い光に包まれる。
「……え?」
見る見るうちに身体が小さくなっていく。
俺の腰ほどだった背丈が、膝くらいになり――さらに縮んでいく。
やがて光が収まった時、そこにいたのは――。
手のひらに乗りそうなほど小さくなったアンナだった。
しかも、その背中には小さな羽まで生えている。
「…………」
何が起こった?
目の前で人間が縮んだ。
いや、比喩じゃない。
本当に縮んだ。
「…………は?」
「あはははは!」
俺の顔を見たマリが腹を抱えて笑い出す。
「いいリアクションですな~! さすが異世界人!」
「いやいやいや、ちょっと待て! なんだこれ!?」
「あはは! 驚くのも無理ないよね!」
ルイまで楽しそうに笑っている。
「アンナちゃんは、マリちゃんのサーバントなんだよ!」
「……は?」
もう一度アンナを見る。
小さくなったアンナは相変わらず涼しい顔で宙に浮かんでいる。
「こいつが……サーバント?」
「『こいつ』とは失礼ね」
「いや、だってさっきまで普通に人間サイズだっただろ!?」
「それが何か?」
「何かしかないだろ!」
「いや~、いいねえ。その反応!」
マリが満足そうに何度も頷いている。
「異世界人、面白いですな~!」
「俺で遊ぶな!」
……待てよ。
アンナがマリのサーバントってことは――。
「じゃあ、もしかして……アンナと俺が話してたことも、マリは知ってたのか?」
「おっ、鋭い!」
マリが俺を指差した。
「そうなんですよ! アンナと私はテレパシー魔法で繋がってたんだから!」
「テレパシー魔法?」
「そうそう! 見えてるものとか聞こえてるものとか、全部じゃないけど、アンナが何をしてるのかはある程度こっちにも伝わってくるの」
「じゃあ……」
俺がアンナからルイの過去を聞いていた時も――。
「マリは、俺とアンナが話してた内容を知ってたってことか?」
「そういうこと!」
マリが楽しそうに笑う。
「いや~、あの時は大変だったんだから! 『おお! そこまで話しますか!』とか、『あ~! そんなこともあったなぁ~!』とか、声に出さないようにするのに必死だったんだよ!」
そう言ってマリがアンナを見る。
「ね? アンナ?」
「…………」
アンナが無言でマリを見つめる。
表情はいつもと変わらない。
無表情。
なのに――なぜかものすごく怒っているのが分かる。
「あなたが度々反応するので、こちらも表情に出さないようにするのが大変だったのですが……」
「あ、あはははは……」
マリの頬が引きつる。
アンナの冷たい視線から逃げるように、ゆっくりと俺の方へ顔を向けた。
「い、いや~……そんなことより!」
無理やり話題を変えるように両手を広げる。
「異世界人、面白いですな~!」
「さっきも聞いたわ!」
「マリ」
「すみませんでした!」
即座にアンナへ頭を下げるマリ。
(……なんなんだよ、こいつら)
騒がしい。
初対面なのに、遠慮というものがまるでない。
……いや、待て。
そもそも、アンナは俺にルイの過去を話してくれたんだよな。
それも、マリに頼まれて?
(……もしかして俺、最初からこいつらの思惑どおりに動いてたのか?)
ちらりとマリを見る。
マリは何も知らないような顔で、にこにこと笑っていた。
(……まあ、いいか)
少なくとも、あの時アンナが話してくれたことがなければ、俺はルイのことを何も知らないままだった。
それに――。
不思議と嫌じゃなかった。
こんなふうに誰かとくだらないことで騒いだのは、いつ以来だろう。
ふと、妹と話していた頃のことを思い出す。
あいつとも昔は、こんなくだらないことで笑っていたような気がする。
「……悪い気分じゃないな」
「ん?」
ルイが俺を見る。
「何か言った?」
「いや、なんでもない」
俺は誤魔化すように首を振った。
それより――。
「あ、そうだ」
もっと大事なことを思い出した。
「俺、今日からこの世界で過ごすことになるんだよな?」
「うん」
「俺、何も言わずに突然こっちに来てるんだけど……」
今さらながら、とんでもないことに気づいた。
「向こうの親とか友達とか、今頃大騒ぎになってないか?」
「あー、それね!」
マリが何でもないことのように答える。
「大丈夫、大丈夫!」
「何が大丈夫なんだよ」
「さっき契約したでしょ?」
「ああ」
「正式なサーバント契約が成立するとね、召喚された人に関係する人たちの記憶とかに、ちょっとだけ補正がかかるんだって」
「……補正?」
また聞き慣れない言葉が出てきた。
「そうそう」
マリは人差し指を立てる。
「優斗が突然いなくなったことにならないように、向こうの人たちの記憶が自然になるように調整されるの」
「自然になるって……」
「例えば~」
マリが腕を組み、少し考える。
「『優斗は今、遠くの学校に通ってる』とか?」
「雑じゃないか!?」
「だって私も詳しい仕組み知らないもーん!」
「知らないのに自信満々で説明してたのかよ!」
「えへへ」
「褒めてない!」
マリが舌を出して笑う。
この世界に来てから何度目か分からない頭痛がしてきた。
「もう! マリちゃん!」
ルイが呆れたように頬を膨らませる。
「優斗をからかわないの!」
「はーい」
絶対反省してない。
「……で、結局どこまで変わるんだよ。記憶だけなのか? 学校とかの記録はどうなる?」
「うーん……」
マリは首を傾げる。
「そこまでは私も分からないなぁ。詳しいことは先生に聞いた方がいいかも!」
「……そうか」
正直、気になることは山ほどある。
勝手に人の記憶が変わるなんて、聞いて気持ちのいい話じゃない。
けれど、ここでマリに聞き続けても答えは出そうになかった。
「でも、安心して」
ルイが俺を見る。
「向こうの世界に戻れないわけじゃないから」
「……え?」
「学園の中に転移用の魔法陣があるの。事前に申請を出して、先生たちから許可をもらえば、優斗の世界にも行き来できるよ」
「本当なのか、それ!」
「えっ――」
思わずルイへ詰め寄る。
気づけば、互いの顔がすぐ近くにあった。
「う、うん……」
ルイの頬がみるみる赤くなる。
「あの……優斗」
「ん?」
「ちょっと、顔が……近い……」
「……あ」
俺もようやく気づいた。
「わ、悪い!」
慌てて身体を離し、顔を逸らす。
なんだ。
なんで俺まで恥ずかしくなってるんだ。
「…………」
「…………」
妙な沈黙が流れる。
「なるほど」
その沈黙を破ったのはアンナだった。
「我々はお邪魔のようですね」
「は!?」
「行きましょう、マリ」
「そうですな~」
マリがニヤニヤしながら俺とルイを交互に見る。
「ではでは、私はこれで失礼しますよ。どうやらお邪魔虫みたいですし?」
「ち、違うから!」
ルイが慌てて否定する。
「はいはい。そういうことにしておきましょう」
「マリちゃん!」
「あははは! じゃあ、また明日ね~!」
「もう……。うん、ばいばい!」
ルイが手を振る。
小さくなったアンナを連れたマリは、そのまま人混みの中へ消えていった。
「……なんか、にぎやかな奴だな」
一気に疲れが押し寄せてくる。
「でも、明るくてすっごくいい子なんだよ!」
ルイが目を輝かせた。
「アンナちゃんも! 二人とも私の大切な友達なの!」
「……そうみたいだな」
少なくとも、ルイが二人を心から信頼していることは分かる。
「いい奴なんだろうなっていうのは、なんとなく分かったよ」
そう答えた途端、大きなあくびが出た。
「ふわぁ~……」
身体が重い。
考えてみれば当然だ。
今日は朝から訳の分からない穴に落ちて、異世界に召喚されて、知らない奴らに囲まれて、岩男に殺されかけて――。
挙げればキリがない。
「色々ありすぎて、すげえ眠くなってきた……」
「あはは……そうだよね」
ルイも小さくあくびをする。
「私も疲れちゃった」
「そりゃそうだろ」
そう答えると、ルイがそっと左肩に手を添えた。
さっきの魔法を受けた場所だ。
「……肩、まだ痛むのか?」
「うん、ちょっとだけ。でも、大丈夫だよ」
「……無理すんなよ」
「えへへ。ありがとう」
ルイは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか?」
「ああ……」
そこまで答えて、ふと気づく。
「……ん?」
「どうしたの?」
「帰るって、どこに?」
「え?」
ルイがきょとんとした。
なんでそんな当たり前のことを聞くの、とでも言いたげな顔だ。
「私たちの部屋だよ?」
「…………」
今、なんて言った?
「……『私たち』?」
「うん」
「……『部屋』?」
「うん」
「…………というと?」
嫌な予感がする。
ルイは少し不思議そうにしながら説明を始めた。
「召喚者とサーバントは共同生活を行って、絆を深め合うの。昔からの伝統なんだよ!」
「…………」
共同生活。
俺と。
ルイが。
「……マジで?」
「う、うん」
そこでルイも改めてその意味を意識したらしい。
みるみるうちに頬が赤くなっていく。
「わ、私も……お、男の子と一緒だなんて思ってなかったから……」
両手の指を胸元でもじもじと絡ませながら、ちらりと俺を見る。
「は、恥ずかしいけど……」
「お、おう……」
なんだこの空気。
さっきより気まずいぞ。
そしてルイは意を決したように俺へ向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
「…………」
…………。
「いや、そんな言い方したら変な意味に聞こえるだろぉぉぉ!」
俺の叫び声が、夕暮れの学園に響き渡った。
こうして始まった、俺の異世界での学園生活。
どうやら――。
平穏とは、程遠いものになりそうだ。




