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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第1話 出会いは始まり

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落ちこぼれ王女の過去

「あんなこと言って出てきたのはいいものの……広すぎるだろ、この学校」


 俺は目の前に続く廊下を見渡し、ため息をついた。


 高い天井に、大きな窓。磨き上げられた床には、等間隔に並ぶ柱の影が伸びている。


 学校というより、城だ。


 入学式と召喚の儀式に人が集まっているためか、校舎内にひとけはない。


「……まあ、適当に歩いてみるか」


 壁には部員募集の張り紙や、学校新聞らしきものが掲示されていた。


「へえ。魔法学校でも、こういうのは日本と変わらないんだな」


 見慣れない文字のはずなのに、内容が理解できる。


 さっきの翻訳魔法のおかげだろうか。


 まさか、本当に魔法が存在するとは。


「……帰ったら、誰かに話しても信じてもらえないだろうな」


「私が案内しましょうか?」


「うわっ!」


 突然、背後から声がした。


 反射的に振り返り、一歩距離を取る。


「びっくりした! なんだよ、急に!」


「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 透き通るように白い肌に、背中まで伸びた黒髪。切れ長の目をした整った顔立ちは、どこか凛々しさを感じさせる。


 ただ、その微笑みからは感情が読み取れなかった。


「私はアンナ。ルイちゃんとマリの友達よ。よろしくね」


「……ああ。平賀優斗だ」


「知っているわ。さっき、召喚の儀式で名乗っていたでしょう?」


「……そうか」


 こいつ、いつから俺を見ていたんだ?


「それで、案内って?」


「あなたが興味を持ちそうな場所を知っているの」


「……なんで俺が興味を持つって分かるんだ?」


「行けば分かるわ」


 答えになっていない。


 初対面の相手についていくのは気が進まないが、俺は校舎の構造すら知らない。


「……分かった。ただし、変なところには連れていくなよ」


「ふふっ。警戒心が強いのね」


「普通だろ」


「そうね。じゃあ、ついてきて」


 アンナは微笑み、歩き始めた。


 俺は少し距離を空け、その後ろをついていった。


     ◇ ◇ ◇


 曲がり角をいくつも通り過ぎ、階段を一つ上がる。


 アンナは何も話さない。


「なあ。結局、どこに向かってるんだ?」


「もう少しよ」


「せめて何があるかくらい教えてくれよ」


「そうね……あなた、ルイちゃんは昔からあんな調子だったと思う?」


「……は?」


「昔から、落ちこぼれなんて呼ばれる子だったと思う?」


「知るわけないだろ。会ったばかりなんだから」


「そうよね。でも、あなたが見たのは今のルイちゃんだけよ」


「……それがどうした?」


「着いたわ」


 アンナが足を止めた。


 目の前には、大きな木製の扉がある。


 その上には『記念室』と書かれたプレートが掲げられていた。


「記念室?」


「ええ。学園の歴史を記録している場所よ」


 アンナが扉を開ける。


 室内には、無数のトロフィーや表彰状、古びた写真や新聞記事が並んでいた。


「へえ……すごいな」


「ここには、歴代の優秀な生徒たちの記録が残されているの」


「それで、俺に何を見せたいんだ?」


「こっちよ」


 アンナは部屋の奥へ進み、一列に並んだトロフィーの前で立ち止まった。


 台座には『最優秀生徒』と刻まれている。


「毎年、学科や実技などで優れた生徒が、各学年から一人ずつ選ばれるの。とても名誉な賞よ」


「なるほどな」


「初等部一年から、順番に見てみて」


 言われるまま、最初の台座へ目を向ける。


 そこには、見覚えのある名前が刻まれていた。


『ルイ=アルベルト=フローレス』


「……あれ?」


 さっきの少女と同じ名前だ。


「気づいた?」


「……あいつの名前だよな?」


「ええ。次も見てみて」


 初等部二年。


『ルイ=アルベルト=フローレス』


 初等部三年。


『ルイ=アルベルト=フローレス』


「……おい、まさか」


 俺は隣のトロフィーへ視線を移した。


 四年。


 五年。


 そして、六年。


 どれも同じ名前だった。


「六年連続……?」


 思わず声が漏れる。


「これ、全部あいつなのか?」


「ええ。ルイちゃんは初等部の六年間、ずっと最優秀生徒だったの。卒業研究も高く評価されているわ」


「……すげえな」


 一度選ばれるだけでも名誉な賞を、六年連続。


 周囲を見ても、これほど連続して受賞している生徒はいない。


「当時は、兄や姉をも凌ぐ神童と呼ばれていたのよ」


「神童……?」


 俯いて、何も言い返せなかった少女の姿が浮かんだ。


 ……同じ人間の話とは思えない。


「だったら、どうしてあんなことになってるんだ?」


「昨年の召喚の儀式がきっかけよ」


 アンナはトロフィーを見つめた。


「みんな、神童と呼ばれたルイちゃんが、どんなサーバントを召喚するのか期待していたの。でも……」


「失敗したんだよな」


「ええ。入学者の中で、ただ一人だけ」


 アンナは少し間を置いた。


「最初はね、ルイちゃんも笑っていたの。『来年こそは絶対に成功させる』って。私たちも、きっと大丈夫だと思っていたわ」


「……そうなのか」


「でも、少しずつ周囲の態度が変わっていったの」


「どういうことだ?」


「本当は才能なんてなかったんじゃないか。王族だから特別扱いされていたんじゃないか。そんな噂が広まり始めたのよ」


「……は?」


 思わず眉をひそめる。


「六年も結果を出してきたんだろ? 一回失敗しただけで、全部嘘だったことにするのか?」


「そういう人たちもいた、ということね」


 アンナは静かに答えた。


「最初は言い返していたルイちゃんも、同じことを何度も言われるうちに、少しずつ自信を失っていったの」


 アンナの視線が、トロフィーから離れる。


「以前は誰よりも魔法が好きだったのに、いつしか魔法を使うことすら怖がるようになってしまった。得意だった魔法も、うまく使えなくなって……」


「…………」


 もう一度、六つの名前を見る。


 六年間の実績が、たった一度の失敗で否定される。


 随分と勝手な話だ。


「でも、そんなの次に成功すればいいだけじゃないのか?」


「それが簡単なら、苦労しないわ」


 アンナの声が、少しだけ低くなった。


「この世界では、サーバントの召喚はとても大きな意味を持っているの。魔力を持つ者なら基本的には成功する儀式だからこそ、失敗は異例だった」


「……誰でも成功する?」


「ええ。だからこそ、神童と呼ばれていた彼女の失敗は衝撃だったのよ」


「…………」


 誰でも成功するはずの儀式で、六年間優秀だったあいつだけが失敗した。


 ……何か引っかかる。


「なあ。その召喚って、本当に失敗したのか?」


 アンナがこちらを向いた。


「どういう意味?」


「いや、優秀だったんだろ? それなのに、あいつだけ失敗したっていうのが気になってさ」


「……そうね」


「誰かが邪魔した可能性はないのか?」


 アンナはしばらく黙っていた。


 その沈黙の間も、表情はほとんど変わらない。


「……面白いことを考えるのね」


「そんなに変な話か?」


「いいえ。可能性だけなら否定できないわ。ただ、召喚魔法に外部から干渉すれば、普通は痕跡が残るの。当時の調査では何も見つからなかったそうよ」


「じゃあ、妨害はなかったってことか?」


「少なくとも、証拠はないわね」


 アンナはそれ以上、何も言わなかった。


 俺も考えるのをやめた。


 証拠もないのに決めつけるのは、あいつを落ちこぼれ扱いした連中と変わらない。


「……くだらないな」


「何が?」


「周りの連中だよ。成功してる間は神童だって持ち上げて、失敗した途端に落ちこぼれ扱いか」


 アンナは黙って俺を見ていた。


「……まあ、俺には関係ない話だけど」


 そう言って、出口へ向かう。


 どんな過去があろうと、勝手に俺を召喚したことは変わらない。


「今ここで彼女と契約すれば――」


 背後から、アンナの声がした。


 俺は足を止める。


「あなたは、ルイちゃんにとって英雄になれるでしょうね……」


「……英雄?」


 振り返ると、アンナは六つのトロフィーの前に立っていた。


 その口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。


「何だよ、それ」


「そのままの意味よ」


「……悪いけど、俺は誰かの英雄になるために、ここに来たわけじゃない」


 そもそも、自分から来たわけですらない。


「それに、同情だけで契約するつもりもない」


「……そう」


 アンナは静かに頷いた。


「あなたなら、そう言うと思ったわ」


「会ったばかりのくせに、何が分かるんだよ」


「ふふっ。そうね」


 最後まで、何を考えているのか分からない少女だった。


「案内は助かった。ありがとう」


「どういたしまして」


 俺は記念室をあとにした。


 廊下へ出ると、窓から差し込む陽射しが眩しかった。


 ……六年連続、最優秀生徒。


 あの、俯いてばかりいた少女が。


「……人は見かけによらないもんだな」


 思わず呟く。


 あいつが昔どれほど優秀だったとしても、俺が契約する理由にはならない。


 俺は元の世界へ帰る。


 そのつもりで、ここまで来たんだ。


 それなのに。


 記念室で見た六つの名前が、どういうわけか頭から離れなかった。

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