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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第1話 出会いは始まり

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君のサーバントにはならない

 差し伸べられた手を取ることもできず、俺は周囲を見回していた。


 目の前には、緑色の髪をした少女。


 その後ろには大勢の観客がいて、鮮やかな髪色の人間や、妙に耳の尖った人間までいる。


 どこかの国の祭りか。それとも、映画の撮影か。


 そう考えようとしても、街中に突然開いた穴の説明がつかない。


 少女が何かを話しかけてきた。


「え? 何? なんて言ってるの?」


 少女は困ったように眉を寄せ、もう一度何かを問いかけてくる。


 どうやら、俺の言葉も通じていないらしい。


 彼女は差し伸べていた手を引っ込めると、今度は右の掌をこちらへ向けた。


「おい、何する気だよ……」


 思わず身を引いた、その瞬間だった。


 少女の右手が淡く光る。


「うわっ!」


 避ける間もなく、光が俺の身体を包んだ。


 痛みはない。ただ、耳の奥が一瞬だけ詰まったような感覚がした。


「……今の、なんだ?」


「言葉が通じていなかったのね」


「……え?」


 少女の声が、はっきりと聞こえた。


 それだけじゃない。


 周囲から聞こえていた意味不明なざわめきまで、突然、言葉として理解できるようになっていた。


「うわっ! 急に何言ってるのか分かるようになった! 何これ!?」


「お、落ち着いてください。翻訳魔法で、言葉が伝わるようにしました」


「翻訳……魔法?」


 思わず少女の右手を見る。


 さっき、確かに光っていた。


 手品にしては、あまりにもおかしい。


「私は、ルイ=アルベルト=フローレスと申します。あなたのお名前は……?」


「……平賀優斗。中学三年。そんなことより、ここはどこだ?」


 芝生に手をつき、立ち上がる。


 足元には、見たことのない紋様が描かれていた。


 さっき俺を飲み込んだものと、どこか似ている。


「ここは、アーノルド王国にあるアーノルド学園です。そして、あなたは私のサーバントとして、召喚魔法でここに召喚されました」


「アーノルド? 魔法? サーバント? 何だそれ。日本じゃないのか?」


 知らない名前ばかりだ。


 俺は本屋へ向かっていただけなのに、どうしてこんな場所にいる?


「お、落ち着いてください。この国では、魔法使いの証として、召喚した者と主従の契約を結ぶんです。その存在が、サーバントです」


「いや、サーバントの意味は分かるよ。なんで俺がサーバントなんだってことだよ」


 少女が口を開きかける。


 しかし、その返事より先に、周囲から笑い声が上がった。


「さすが学園随一の落ちこぼれだな! 召喚したサーバントにも反抗されるなんて!」


 声の方を見ると、制服を着た三人の少年が立っていた。


「去年も召喚できなかっただけあるよ!」


「今年も契約できないんじゃないの?」


 三人は顔を見合わせ、大げさに笑った。


 目の前の少女は俯き、両手を強く握りしめた。


 ……なんだ、こいつら。


 少なくとも、仲の良い友達には見えない。


「何だ? お前、落ちこぼれなの?」


「落ちこぼれ……じゃ……」


 少女の声が途切れる。


 しばらく待っても、顔は上がらなかった。


「……そう、なのかも……」


 消え入りそうな声だった。


「どういうことなんだ?」


 俺は三人の方へ顔を向けた。


 最初に声を上げた少年が、待っていたとばかりに口を開く。


「こいつは去年、中等部の入学者で唯一、サーバントを召喚できなかったんだ! 前代未聞らしいぜ!」


「しかも、魔法実技の成績も大したことないしな!」


「優秀なお姉様たちとは大違いだよな!」


 家族と比べる言葉が、妙に耳に残った。


「あなたたち! おやめなさい!」


 近くにいた教師らしい大人が声を上げる。


 三人は不満そうに口を閉じた。


 俺は少女へ視線を戻した。


「……そうなのか?」


「…………」


 返事はない。


 違うなら、違うと言えばいいだろ。


 そう思ったが、少女は俯いたままだった。


 まるで、言われることに慣れてしまっているようだった。


 その姿に、部屋へ閉じこもっていた自分が一瞬だけ重なる。


 ……いや、今はそんなことどうでもいい。


 俺が知りたいのは、こいつの成績じゃない。


「なあ。一つ確認させてくれ」


 少女がおずおずと顔を上げた。


「俺をここに呼んだのは、お前なんだよな?」


「……はい」


「俺に何の断りもなく?」


「……はい」


 その返事を聞いた途端、苛立ちが込み上げた。


「ふざけんなよ!」


 思わず声を荒らげる。


「俺は普通に街を歩いてただけなんだぞ! それを勝手にこんな場所に連れてきて、今度はお前に仕えろって?」


「そ、それは……」


「逆の立場で考えてみろよ! いきなり知らない場所に連れてこられて、主従契約を結べって言われて、納得できるか!?」


 少女の肩がびくりと震えた。


 それでも、言葉を止められなかった。


「お前がどんな事情で俺を呼んだのかは知らない。けど、俺にも俺の事情があるんだよ!」


 知らないうちに、大切なことを勝手に決められている。


 それが、どうしても許せなかった。


「俺の人生を、勝手に決めるな!」


「うぅ……」


 少女の瞳に涙が浮かんだ。


 言いすぎたかもしれない。


 けれど、だからといって、今の状況を受け入れるつもりはなかった。


「ちょっと! そんな言い方ないじゃない!」


 黒髪の少女が駆け寄ってきた。


 肩には、小さな羽の生えた何かが乗っている。


「ルイ、大丈夫?」


 少女は緑髪の少女の肩を支えながら、俺を睨みつけた。


 その視線に、一瞬だけ言葉が詰まる。


 ……確かに、怒鳴る必要まではなかったかもしれない。


 だが、俺だって被害者なんだ。


「悪いけど、俺の答えは変わらない」


 緑髪の少女を見据える。


「何も分からないまま、お前のサーバントになるつもりはない」


 そして、はっきり告げた。


「俺を元の世界に戻してくれ」


「……嫌だ」


 小さな声だった。


「……何?」


「嫌だ……!」


 少女は胸元で両手を握りしめ、顔を上げた。


「やっと……やっと召喚できたサーバントだもん……!」


 震える声が響く。


 ……だから何だよ。


 ようやく召喚できたから、帰したくない?


 そんなの、こいつの都合だろ。


 俺にだって生活がある。


 家族のことも、学校のことも、何一つ解決していない。


 勝手に連れてこられたうえに、帰ることまで拒否されるなんて、冗談じゃない。


 ……いや、待て。


 そもそも、帰れるのか?


 急に背筋が冷たくなった。


「……一つ聞いていいか?」


 少女が涙を拭いながら顔を上げる。


「もし俺が契約しなかったら、元の世界に戻れるのか?」


「え……?」


「帰れるのかって聞いてるんだ」


 答えを求めて、俺は先ほど三人を制止した大人にも目を向けた。


 その人は一歩こちらへ進み出た。


「はい。契約をしない者を、そのままにはしません。元の世界に戻り、今までどおり毎日を過ごすことになります」


「……そうですか」


 詰めていた息が、ようやく抜けた。


 帰れる。


 少なくとも、ここで一生暮らさなきゃいけないわけじゃない。


「……よかった」


 肩の力が抜ける。


 改めて少女を見ると、彼女はまだ黒髪の少女に支えられていた。


 俺が次に何を言うのか、不安そうにこちらを見つめている。


 ……別に、泣かせたかったわけじゃない。


 ただ、俺は帰りたいだけだ。


「……さっきは怒鳴って悪かった」


「……いえ」


「でも、契約する気はない。それだけは変わらない」


 少女は小さく頷いた。


 俺は頭を掻き、広場の向こうへ目を向ける。


 城と見間違えるほど大きな校舎が、春の陽射しを浴びていた。


 見知らぬ国。


 魔法。


 サーバント。


 何もかもが、俺の知っている常識から外れている。


 ここが本当に別の世界だというなら、少しくらい確かめてみたい。


 それに、帰れると分かったからといって、何も知らないまま決めるのも気に入らない。


「……三十分」


「……え?」


「三十分だけ、時間をくれ」


 少女が首を傾げる。


「ここがどんな場所なのか、少し確かめたい」


「で、でも、契約は……」


「今のところ、する気はない」


 少女が俯いた。


 俺はそれ以上、何も言わなかった。


 こいつがどんな事情を抱えていようと、俺には関係ない。


 俺は俺の意思で決める。


 もう二度と、誰かに勝手に決められるのはごめんだった。


「三十分後には戻ってくる。それでいいだろ?」


 しばらくして、少女が小さく頷いた。


「……はい」


 俺は観客に背を向け、校舎へ向かって歩き出した。


 ――まずは、この世界がどんな場所なのか。


 それくらい、自分の目で確かめてやる。

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