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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第1話 出会いは始まり

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誰も信用できない

 みんな、嘘ばかりだ。


 誰も信用できない。


 この家にも、この世界にも、俺の居場所なんてない。


 誰か一人でいい。


 本当のことを話してくれる、俺の味方が欲しかった。


「いつ、本当のことを伝えるんだ?」


 いつ伝えるかじゃない。


 どうして、最初から教えてくれなかったんだ。


「できることなら、隠し通したいわ。だって、あの子が本当のことを知ったら……」


 俺のことを勝手に決めるな。


 俺は――。


「俺は本当のことが知りたいんだよ!」


 叫んだ瞬間、目が覚めた。


     ◇ ◇ ◇


「……また、あのときの夢かよ」


 見慣れた自室の天井。


 カーテンの隙間から差し込む朝日が、やけに眩しい。


 時計を見ると、午前九時を過ぎていた。


 春休みだから、寝坊しても問題はない。


 もっとも、学校がある日でも大して変わらないのだが。


 俺――平賀優斗は、もうすぐ中学三年生になる。


 そして、中学二年の五月から、ほとんど学校へ通っていない。


 きっかけは、去年のゴールデンウィークだった。


 毎年恒例の親戚の集まり。


 そこで偶然、大人たちの会話を聞いてしまった。


 父さんと母さんだと思っていた二人は、実の両親ではなかった。


 本当は叔父と叔母で、実の両親は俺が幼い頃、交通事故で亡くなっていたらしい。


 それだけなら、まだよかったのかもしれない。


 問題は、家族も親戚も、その事実をずっと俺に隠していたことだ。


 誰も教えてくれなかった。


 俺が何も知らずに笑っている間、みんなは本当のことを知っていた。


 それ以来、家族の顔をまともに見られなくなった。


 誰かに話しかけられても、何を信じればいいのか分からない。


 気づけば、学校からも足が遠のいていた。


「……最悪な目覚めだな」


 ベッドから起き上がり、パーカーと茶色の長ズボンに着替える。


 今日は家族全員が休みだ。


 部屋に閉じこもっていたら、どうせ誰かが様子を見に来る。


 それなら、さっさと外へ出よう。


 そう思って階段を下りたのだが――。


「優斗、おはよう。今日はお祖父ちゃんのところへ行くの?」


 玄関へ続く廊下で、母さんと鉢合わせた。


 ……いや。


 母さんだと信じていた人と。


「別に……」


 目を合わせず、その横を通り過ぎようとする。


「じゃあ、どこへ行くの? 何時頃に帰ってくる? 朝ごはんもまだでしょう?」


「うるさいな。俺がどこへ行こうと勝手だろ!」


「だって、母さん心配で……」


 その一言に、足が止まった。


 母さん。


 何事もなかったかのように、その言葉を使う。


 俺がどんな気持ちでいるのかも知らないで。


「母親面すんじゃねえよ!」


 言った瞬間、廊下が静まり返った。


 彼女の表情が強張る。


「母親面って……私は、優斗の母親だもの」


「俺の母親は、もう死んでるだろ」


「優斗……」


「この、嘘つき……」


 それ以上、顔を見ていられなかった。


 俺は靴を引っかけるように履き、逃げるように家を飛び出した。


     ◇ ◇ ◇


「……くそっ」


 春の街を歩きながら、道端の小石を蹴った。


 あの人が俺を心配していることくらい、分かっている。


 今まで大切に育ててくれたことだって、嘘じゃない。


 それなのに、どうしてあんなことを言ってしまうんだろう。


 いや、違う。


 そもそも、最初から本当のことを話してくれていれば――。


「……何やってんだ、俺」


 結局、いつもこれだ。


 怒鳴って、逃げて、あとから後悔する。


 謝らなきゃいけないとは思う。


 でも、あの人を「母さん」と呼ぶことには、どうしても抵抗があった。


 俺は大きく息を吐き、足を止めた。


「……で、どこ行くんだよ」


 勢いで飛び出したせいで、行き先すら決めていなかった。


 いつもなら祖父の道場へ向かうところだが、今日は稽古が休みだった。


 祖父は剣道を、その弟は空手を教えている。


 俺が不登校になってから、二人には半年ほど、みっちり鍛えられてきた。


 最初は本当に嫌だった。


 祖父も、出生の秘密を知りながら黙っていた一人だったからだ。


 顔を見るだけで腹が立ったし、稽古を休もうと仮病を使ったこともある。


 だが、その日は祖父が家まで迎えに来た。


 そして、いつもの倍は厳しい稽古をつけられた。


 思い出しただけで背筋が寒くなる。


『言いたいことがあるなら聞いてやる。言葉にならんのなら、今は打ち込んでこい』


 祖父は、よくそう言っていた。


 腹立ちまぎれに竹刀を振り下ろしても、まるで歯が立たない。


 どうすれば一本取れるのか。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか余計なことを忘れていた。


 道場にいる間だけは、家族のことも学校のことも考えずに済んだ。


 だから今では、稽古そのものは嫌いじゃない。


 ただ、祖父にはもう一つ、面倒な約束をさせられている。


『学校に行かないからといって、勉学までやめていい理由にはならん』


 その一言で、毎日勉強することになった。


 初めは嫌々だったが、やってみると意外に面白い。


 もともと勉強は得意な方だったし、一つの問題に集中していれば余計なことを考えずに済む。


 おかげで中学校の学習範囲はひと通り終わり、最近は高校の参考書にも手を出し始めていた。


「……本屋でも行くか」


 どうせ家に帰っても気まずいだけだ。


 俺は駅前の書店へ向かうことにした。


 通りには親子連れや、スーツ姿の大人たちが行き交っている。


 店先には、色鮮やかな飾りとともに「新入生おめでとう」の文字が並んでいた。


「もう、そんな季節か……」


 春休みが終われば、俺も中学三年生になる。


 去年の今頃は、新しいクラスが楽しみだった。


 友達と馬鹿な話をして、授業中に先生に怒られて。


 そんな毎日が、ずっと続くものだと思っていた。


 今では、教室に入る自分の姿すら想像できない。


 家族のことを聞かれたら、何と答えればいい?


 事情を知った友達は、今までどおり接してくれるだろうか。


 考えただけで、足が重くなる。


 家にも、学校にも、居場所がない。


 祖父の道場にいるときだけは気が紛れるけれど、それで何かが解決するわけでもない。


 ――いっそ、どこか遠くへ行けたら。


 誰も俺のことを知らない場所へ。


 そんなことを考えていた、そのときだった。


「……なんだ、これ?」


 足元に、淡い光が走った。


 細い線が次々と伸び、複雑に絡み合いながら巨大な紋様を描いていく。


 見たこともない模様だった。


 道路に映し出された映像か?


 いや、違う。


 光は俺の足元から広がっている。


「おいおい、なんだよこれ……!」


 慌てて後ずさろうとした。


 だが、その瞬間。


 紋様の中央が、ぽっかりと口を開けた。


「は?」


 地面が消えた。


 そうとしか思えなかった。


 足の裏から感触が失われ、身体が宙に浮く。


「えっ、ちょっ――うわあああああ!」


 伸ばした手は何も掴めない。


 俺はそのまま、底の見えない暗闇へ吸い込まれていった。


     ◇ ◇ ◇


「……いてて」


 気づくと、俺は柔らかな芝生の上に尻餅をついていた。


 身体のあちこちを確かめる。


 痛みはあるが、どうやら大きな怪我はしていないらしい。


「……なんだったんだ、今の」


 恐る恐る顔を上げる。


 そして、言葉を失った。


 目の前には、巨大な石造りの校舎がそびえ立っていた。


 足元には、さっき見たものとよく似た奇妙な紋様。


 その周囲を、見たこともない服装の人々が取り囲んでいる。


 しかも、その全員が俺を見つめていた。


「……は?」


 意味が分からない。


 さっきまで、俺は埼玉の街を歩いていたはずだ。


 なのに、どうしてこんな場所にいる?


「ここは……どこだ?」


 誰にともなく呟いた、そのとき。


 人垣の中から、一人の少女が歩み出てきた。


 俺と同じくらいの年齢だろうか。


 エメラルドグリーンの髪に、大きな瞳。


 見慣れない制服を着た、小柄な少女だった。


 その少女は、ひどく緊張した表情で俺を見つめていた。


 何かを言おうとして、ためらう。


 それから意を決したように、俺の前にしゃがみ込んだ。


 そして――。


 俺に、手を差し伸べてきた。


「…………?」


 少女が何かを話しかけてくる。


 だが、まるで意味が分からない。


「……は?」


 英語でも、中国語でもない。


 そもそも、聞いたことすらない言葉だった。


 少女は困ったように首を傾げ、もう一度何かを言った。


「いや、ちょっと待て。ここはどこだ? お前は誰なんだ?」


 今度は俺が尋ねる。


 しかし、少女はますます困惑した顔をするだけだった。


 どうやら、俺の言葉も通じていないらしい。


 周囲を見回す。


 知らない建物。


 知らない服装。


 知らない言葉。


 何もかもが、俺の知っている世界とは違っていた。


 そして、目の前には、相変わらず手を差し伸べている少女がいる。


 俺はその手を見つめた。


 ――誰も信用できない。


 ついさっきまで、そう思っていた。


 なのに、こんな見知らぬ場所で、見知らぬ少女に手を差し伸べられている。


 何の冗談だよ。


 俺はもう一度、少女の顔を見た。


 不安そうに揺れる瞳。


 どうやら、向こうも俺と同じくらい困っているらしい。


 それでも、差し伸べられた手は引っ込められなかった。


 ……どうすりゃいいんだよ。


 俺は答えを出せないまま、ただその手を見つめていた。

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