異世界で差し伸べられた手
~プロローグ~
「いったい、あの兄姉たちから、どうしてこんな妹ができるんだ?」
そんなこと、私が一番知りたいよ……。
「あなたは、どうしてこんなこともできないの?」
できないものは、仕方がないじゃない……。
「やっぱり、あの子は落ちこぼれだな」
そう。私は落ちこぼれだから、仕方がないのよ……。
『一番の落ちこぼれは、他人を落ちこぼれと決めつける人間と、自分を落ちこぼれだと諦める人間だ』
彼がくれたその言葉は、私の生き方を変えた。
きっと、あの日の出会いがなければ、私は今も俯いたままだっただろう。
彼は私を守ってくれた。
そして、私がもう一度立ち上がるための勇気をくれた。
だから彼は、私にとって――たった一人の英雄なのだ。
◇ ◇ ◇
「最後、二年。ルイ=アルベルト=フローレス!」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
――来てしまった。
一年間、ずっと待ち望んでいたはずの、この瞬間が。
「は、はい!」
震える声で返事をすると、観覧席がざわめき始めた。
「二年生? どうして二年生がいるんだ?」
「ああ、あの王女様か。去年、召喚に失敗したっていう」
「今年も駄目なんじゃないか?」
聞こえないふりをして、私は一歩を踏み出した。
足が重い。
広場の中央に描かれた魔法陣まで、ほんの少しの距離しかないはずなのに。
――もし、今年も失敗したら。
その考えが頭をよぎり、思わず立ち止まりそうになる。
私はルイ=アルベルト=フローレス。
アーノルド王国の第三王女で、王立アーノルド学園の中等部二年生。
そして、学園創設以来、初めてサーバントの召喚に失敗した生徒だった。
去年のあの日から、私の世界はすっかり変わってしまった。
◇ ◇ ◇
数時間前。
雲一つない青空の下、満開の桜が春風に揺れていた。
入学式と最初のホームルームを終えた新入生たちで、学園は賑わっている。
そんな楽しそうな声を遠くに聞きながら、私は中庭のベンチで俯いていた。
「ルイちゃん、顔色悪いよ?」
隣に座る少女が、心配そうに私の顔を覗き込む。
短く切り揃えられた黒髪に、あどけなさの残る顔立ち。
私の大切な友人、マリ=インハイムだ。
「……午後になってほしくないな」
思わず本音がこぼれた。
マリちゃんは少しだけ黙ったあと、私の両手をぎゅっと握った。
「大丈夫! 今度こそ、ちゃんとサーバントを召喚できるって!」
「でも……去年も、あんなに練習したのに……」
サーバントとは、召喚主と主従契約を結び、その傍らで戦う存在。
召喚の儀式に参加すること自体は義務ではないけれど、サーバントを得ることは、一人前の魔導士になるための大切な一歩とされている。
去年、中等部へ進学した生徒たちは全員、サーバントを召喚した。
私を除いて。
あのとき、どれほど祈っても魔法陣は光らなかった。
周りの生徒たちが歓声を上げる中、私だけが何もない魔法陣の上に立ち尽くしていた。
あの日の光景は、今でも忘れられない。
「ルイちゃんがこの一年、どれだけ頑張ってきたか、私は知ってるもん。だから、今年は絶対に成功するよ」
「……ありがとう、マリちゃん」
初等部の頃、私は魔法が大好きだった。
勉強も得意で、卒業研究では最優秀論文に選ばれたこともある。
いつか、お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいな立派な魔法使いになる。
そう信じていた。
でも、たった一度の失敗で、周りの目は変わってしまった。
『フローレス家の兄姉は、みんな優秀なのにな』
『召喚もできないなんて、本当に王女様なの?』
最初は、悔しかった。
来年こそ成功して、見返してやろうと思っていた。
だけど、失敗を笑われるうちに、得意だった魔法まで怖くなってしまった。
人前で魔法を使おうとすると、手が震える。
また失敗するんじゃないか。
また笑われるんじゃないか。
そんなことばかり考えて、今までできていたことができなくなった。
そして、いつからだろう。
誰かに言われるまでもなく、自分で思うようになっていた。
――私は、落ちこぼれなんだ。
「ねえ、ルイちゃん」
マリちゃんの声に顔を上げる。
「もし今日、どんなサーバントが来たとしても、私はルイちゃんの味方だからね」
「……うん」
胸の奥が温かくなる。
この一年、何度も召喚術の本を読み返した。
先生に相談し、毎日のように魔力制御の練習も続けた。
もう、高望みなんてしない。
強いサーバントじゃなくてもいい。
どんな相手でもいい。
私の呼びかけに応えてくれるなら、それだけで十分だ。
◇ ◇ ◇
そして、今。
私は大勢の観客に見つめられながら、魔法陣の中央へ向かっていた。
広場を囲む観覧席は、王都から集まった見物人で埋め尽くされている。
サーバント召喚の儀式は、年に一度の祭典でもあるのだ。
今日も妖精や獣人、魔獣など、さまざまなサーバントが召喚された。
中でもドラゴンが現れたときには、地面を揺らす咆哮とともに、割れんばかりの歓声が上がっていた。
でも、私にとっては、そんなことはどうでもよかった。
――お願い。誰でもいいから、来て。
「おい、落ちこぼれ王女!」
突然、聞き覚えのある声が響いた。
観覧席の一角で、三人の男子生徒がこちらを見て笑っている。
アレン、ロト、フリッツ。
一年前から、何かにつけて私を笑いものにしてきた三人組だ。
「今年こそ呼び出せるといいな!」
「また失敗したら、学園の記録更新だな!」
周囲から小さな笑い声が漏れた。
私は唇を噛み、俯いた。
言い返したい。
私だって、ずっと頑張ってきたんだって。
だけど、声が出ない。
そのとき。
「ルイちゃーん!」
観覧席から、ひときわ大きな声が聞こえた。
顔を上げると、マリちゃんが身を乗り出して、大きく手を振っていた。
「頑張ってー! ルイちゃんなら絶対できるよー!」
「マリちゃん……」
思わず、涙が出そうになった。
大丈夫。
私には、応援してくれる人がいる。
マリちゃんが、私を信じてくれている。
だったら、私も――。
もう一度だけ、自分を信じてみたい。
私は魔法陣の中央に立ち、両手を胸の前で重ねた。
深く息を吸う。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
「我、魔を司る者。ここに我が守護者を呼び起こす。いかなるときも正しき道を示し、我を正しき道へと導く者よ――」
お願い。
誰でもいい。
私の声を、聞いて。
「出でよ、サーバント!」
次の瞬間――。
足元の魔法陣が、眩い光を放った。
「……え?」
白い光が一気に広がり、中央広場を包み込んでいく。
去年には起こらなかった現象。
ほかのみんなには起こって、私にだけは起こらなかった現象。
――成功した。
今度こそ、私もサーバントを召喚できたんだ!
胸の奥から喜びが込み上げる。
視界が滲んだ。
ずっと、ずっと待ち望んでいた瞬間だった。
やがて、広場を満たしていた光が少しずつ収まっていった。
私は期待と不安を抱えながら、ゆっくりと目を開ける。
魔法陣の中央にいたのは、ドラゴンでも、妖精でも、エルフでもなかった。
茶色の長ズボンに、見慣れない形のパーカー。
この世界では見たことのない服を身につけた、黒髪の少年。
年齢は、私と同じくらいだろうか。
少年は芝生の上に尻餅をつき、呆然とした顔で周囲を見回していた。
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