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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第3話 ランキング戦に向けて

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最強の師匠は容赦がない(前編)

 その日の夜。


 優斗は寮に戻るなり、ベッドへ倒れ込むように眠ってしまった。


 ハヤトとの模擬戦で、体力をすっかり使い果たしていたのだ。


 一方、ルイの部屋では、ルーナとルイが向かい合って座っていた。


「優斗、寝ちゃったよ」


「そりゃそうでしょ。あんな無茶な戦い方したんだから」


 ルーナは呆れたように肩をすくめた。


「でも、途中から完全に稽古みたいになってたよね」


「そうそう! 兄さんも意地悪だよね。最初から教えるつもりだったんじゃないかな」


「ふふっ。お兄ちゃん、昔から優しいもんね」


 ルイは嬉しそうに笑った。


 そんな妹を見て、ルーナは心の中で苦笑する。


(……それは、あんただったからだと思うけどね)


 ハヤトが誰にでも優しいわけではない。


 むしろ、剣術に関しては人一倍厳しい。


 今日の優斗に対しても、決して手を抜いてはいなかった。


(でも……最後のあれは、ちょっと意外だったかな)


 優斗が自分の身体を犠牲にしてまで、一太刀を狙った瞬間。


 兄の表情が変わったことを、ルーナは見逃していなかった。


「さて! そろそろ私も部屋に戻ろっと!」


 ルーナは立ち上がり、大きく伸びをした。


「ルイも明日から頑張らないとね!」


「うん! よろしくお願いします!」


 ルイは元気よく頭を下げた。


 明日から、それぞれの修行が始まる。


     ◇ ◇ ◇


 ――ジリリリリッ!


「……うぅ」


 翌朝。


 けたたましい目覚まし時計の音に、優斗はゆっくりと目を開けた。


 時刻は午前四時半。


「……はぁ。いつ寝たのか、全然覚えてねえ……」


 身体を起こす。


「いっ……!」


 途端に、全身が悲鳴を上げた。


(昨日の疲れ、全然抜けてねえじゃん……!)


 腕も、肩も、足も重い。


 もう一度布団に潜り込みたい衝動に駆られる。


 しかし――。


『毎朝五時に、俺はここでトレーニングをしている』


 昨日のハヤトの言葉が頭をよぎった。


「……行くって決めたもんな」


 優斗は頬を軽く叩いた。


「よしっ!」


 運動着に着替え、まだ薄暗い廊下へ出る。


 ルイを起こさないよう、静かに扉を閉めた。


     ◇ ◇ ◇


 グラウンドに到着したのは、約束の十分前だった。


 まだ朝日も昇りきっていない。


 冷たい空気が、眠気の残る身体を包む。


「……ちゃんと来たのか」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはすでにハヤトがいた。


「おはようございます!」


 優斗は姿勢を正し、深々と頭を下げる。


「今日からよろしくお願いします!」


「…………」


 ハヤトは少し驚いたように目を瞬かせた。


「……昨日とは別人みたいだな」


「これから教えていただくんですから、失礼な態度は取れませんよ」


「……そうか」


 ハヤトは小さく笑った。


「まあ、悪いことじゃないな。まずは準備体操だ」


「はい!」


 二人は並んで身体をほぐし始めた。


 そして――。


「準備はできたか?」


「できました!」


「よし。ではウォーミングアップだ。ついてこい」


 ハヤトは軽快な足取りで走り出した。


「どれくらい走るんですか?」


「三十分くらいだ」


「三十分ですか。分かりました!」


「無駄口を叩いていると、すぐにバテるぞ」


「は、はい!」


 優斗も慌てて後を追った。


 最初の数分は、まだ余裕があった。


(……まあ、これくらいなら)


 祖父の道場でも、走り込みはしていた。


 体力にはそれなりに自信がある。


 ――しかし。


 十分後。


(……は、速ぇ……!)


 優斗の呼吸が乱れ始めた。


 ハヤトの背中が、少しずつ遠ざかっていく。


(なんでこの人、ずっと同じペースで走れるんだよ……!)


 必死に足を動かす。


 だが、縮まるどころか、差は広がる一方だった。


 そして、残り五分。


「はぁ……はぁ……っ!」


 優斗の足は、もはや鉛のように重くなっていた。


(無理……もう無理……!)


 それでも、何とか走り続ける。


 三十分が経過した。


「よし、終了だ」


「はぁ……はぁ……!」


 スタート地点へ戻った瞬間、優斗はその場に倒れ込んだ。


「……口の中が……血の味する……」


 ハヤトは軽く息を整えながら、優斗を見下ろした。


「まだウォーミングアップだぞ。大丈夫か?」


「……え?」


 優斗の動きが止まる。


「……今、なんて?」


「ウォーミングアップだと言ったんだ」


「…………」


(これが……ウォーミングアップ……?)


 優斗は空を見上げた。


(俺、師匠選び間違えたかもしれねえ……)


「さあ、次は体幹と下半身のトレーニングだ」


「……まじですか?」


「今日は下半身の日だからな」


「……もう歩けないんですけど」


「なら、動けるようになるまで休め」


 優斗の顔に、わずかな希望が浮かんだ。


「……休んでいいんですか?」


「ああ。三分やろう」


「短っ!?」


 朝の静かなグラウンドに、優斗の悲鳴が響いた。


     ◇ ◇ ◇


 それからの時間は、まさに地獄だった。


 スクワット。


 片足での姿勢保持。


 下半身を中心とした、容赦のないトレーニング。


 ハヤトが見本を見せるたび、優斗は必死に真似をする。


 だが――。


「……っ!」


 足が震える。


 膝が笑う。


 立っているだけでも精一杯だった。


「まだ半分だぞ」


「……半分?」


「そうだ」


「…………」


 優斗はしばらくハヤトを見つめたあと、静かに地面へ崩れ落ちた。


「……無理です」


「もう限界か?」


「足が……動きません……」


 ハヤトは小さくため息をついた。


「まあ、初日だから仕方ないか」


「め、面目ないです……」


「初めから俺についてこられるなら、教える必要なんてないだろう」


「……え?」


「できないから鍛えるんだ。気にするな」


 その言葉に、優斗は少しだけ顔を上げた。


 ハヤトは当然のことのように続ける。


「さて。このあとは軽く型の確認をして終わりだ。早く立て」


「……鬼だ」


「何か言ったか?」


「い、いえ……!」


 優斗は生まれたての仔牛のように足を震わせながら、何とか立ち上がった。


     ◇ ◇ ◇


 二人が向かったのは、昨日の模擬戦施設の隣にある道場だった。


「お前、剣術を習っていたんだろう?」


「は、はい」


「少し見せてみろ」


「分かりました」


 優斗は木刀を手に取り、祖父の道場でいつも行っていた素振りを始めた。


 足を開き、背筋を伸ばす。


 両手で木刀を握り、正面へ振り下ろす。


 何度も繰り返してきた動き。


 身体は疲れ切っていたが、木刀を握ると自然に姿勢が整った。


 ハヤトは黙って、その様子を見つめていた。


「……ほう」


 しばらくして、口を開く。


「やはり、見たことのない剣術だな」


「そうなんですか?」


「ああ。だが、昨日の剣の扱いは悪くなかった。その剣術の基本は大切にしろ」


 優斗は少し驚いた。


「……いいんですか? こっちの剣術に直した方がいいのかと」


「なぜ直す必要がある?」


「え?」


「お前が身につけたものだろう。捨てる必要はない」


「…………」


「ただし、この世界で戦うには、それだけでは足りない。俺から学べるものを学び、自分の剣術に取り込めばいい」


 優斗は手にした木刀を見つめた。


(……じいちゃんに教わったこと、無駄にならないんだな)


「……はい!」


 自然と、声が大きくなった。


「それにしても、お前はどれくらい剣術を習っていたんだ?」


「一年弱くらいです。まだまだ未熟ですけど」


「……一年弱?」


 ハヤトは少し考えるように顎へ手を当てた。


「それなら、大したものだ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ」


 優斗の顔がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


「ただし、実戦には程遠い。うぬぼれるなよ」


「……はい」


 上がりかけた気分が、あっという間に元へ戻った。


 そんな優斗を見て、ハヤトは小さく笑った。


「夕方は、実際に打ち合いながら学ぶのがいいだろう。お前には、その方が合っていると思う」


「実際に打ち合いながら、ですか?」


「ああ。俺の剣術を見て、感じて、自分のものにしろ」


「……分かりました!」


 ふと、ハヤトが時計へ目を向けた。


「おっと。もうこんな時間か」


 時刻は七時半を回ろうとしていた。


「朝は基本的にこの時間までだ。週末は俺も休息を取って、昼過ぎから鍛錬することが多い。お前も無理に合わせる必要はないぞ」


「はい! 夕方もよろしくお願いします!」


「ああ。では、シャワーを浴びて朝飯に行くか」


「……はい」


 優斗は返事をして、足を踏み出した。


「……っ!」


 途端に膝が笑った。


 ハヤトが振り返る。


「どうした?」


「……何でもないです」


(……夕方までに、この足、動くようになるのか?)


 優斗は不安を抱えながら、ハヤトの後を追った。


     ◇ ◇ ◇


 二人は道場のシャワーを浴び、持参した制服に着替えて食堂へ向かった。


 朝食を注文し、席に着く。


「いただきます」


「いただきます……」


 優斗がようやくスプーンを手に取った、そのときだった。


「あっ! 優斗! 兄さん! おはよー!」


 元気な声とともに、ルーナが近づいてきた。


「……って、優斗!? 何その顔! げっそりしてるよ!?」


「……ルーナ……おはよう……」


 優斗は力なく片手を上げた。


「……生きて朝ごはん食べられてることに、感謝してるところだ……」


「兄さん……何したの……?」


 ルーナが疑いの眼差しを向ける。


「いつもどおりのトレーニングをしただけだ」


 ハヤトは平然と朝食を口へ運んだ。


「……いつもどおりで、これ?」


 ルーナは二人を見比べた。


 一方は涼しい顔で食事をしている。


 もう一方は、今にも魂が抜けそうな顔で座っている。


「……お疲れさま」


「……ありがとう……」


 そこへ、ルイたちもやってきた。


「あっ、優斗だ! ……って、どうしたの!? 具合悪いの!?」


「うわっ! 生気を感じないよ!」


 マリが驚いた声を上げる。


「あら……かわいそうに。ご愁傷さまです」


 アンナが静かに手を合わせた。


「……いや、死んでねえよ……」


 優斗は机に突っ伏した。


「ど、どんなことしたら、こんなことになるの……? お兄ちゃんは平気そうなのに……」


「当たり前だ。いつものメニューをこなしただけだからな」


 ハヤトは何事もなかったように答えた。


「ほら、早く食わないと授業に遅れるぞ」


「……喉を通らねえ……」


 優斗は朝食を前に、絶望的な表情を浮かべた。


     ◇ ◇ ◇


 その日の授業。


 優斗は、人生でも指折りの強敵と戦っていた。


 ――睡魔である。


(……眠い……)


 まぶたが重い。


 身体も重い。


 椅子に座っているだけで、全身が悲鳴を上げている。


「……この薬草とこちらの成分を組み合わせることで、神経毒に対する解毒剤が――」


 教壇では、ヨルミナ先生が授業を進めていた。


(……解毒剤……)


 優斗は必死にノートへ視線を落とす。


(俺にも……疲労を消す薬、くれねえかな……)


 しかし、次第に文字がぼやけていく。


 そして――。


「……平賀優斗!」


「うぇっ!?」


 優斗は勢いよく顔を上げた。


 教室に笑い声が広がる。


「……いつも真面目な君が居眠りとはな」


 ヨルミナ先生は、少し落ち込んだようにため息をついた。


「私の授業は……そんなにつまらないか……?」


「まあ、面白くはないかな~」


 教室のどこかから、無責任な声が飛んだ。


「や、やっぱりか!?」


 ヨルミナ先生がショックを受けたように肩を落とす。


「い、いえ! 違います! 昨日ちょっと夜更かししてしまって……!」


 優斗は慌てて弁解した。


「……そうか。なら、あまり無理はするなよ」


「は、はい……」


 優斗はほっと胸をなで下ろした。


(……普段から真面目に授業受けてて、助かった……)


 しかし。


(……次は絶対寝ない……)


 そう決意した数分後には、再びまぶたが重くなり始めていた。


     ◇ ◇ ◇


 そして、待ちに待った昼休み。


「優斗! ごはん食べに行こう!」


 ルーナが元気よく声をかけてきた。


「ルーナ、私もー!」


「俺も行く!」


 近くにいたクラスメイトたちも集まってくる。


「おお。じゃあ行くか」


 優斗は椅子から立ち上がろうとした。


 ――しかし。


「…………っ!」


 足が動かない。


(……え?)


 もう一度、力を入れる。


 だが、膝が震えるばかりで、まともに立ち上がれなかった。


(やべえ……!)


 朝は何とか歩けていた。


 しかし、長時間座っていたせいか、足が完全に固まってしまっている。


「……ルーナ」


「ん? どうしたの?」


 優斗は真剣な表情で彼女を見上げた。


「……頼みがある」


「え? 何?」


「俺を……抱き上げてくれないか?」


「…………」


 ルーナの動きが止まった。


「…………は?」


「いや、だから――」


「は、はぁぁぁぁぁっ!?」


 ルーナの叫び声が、教室中に響き渡った。


 優斗の地獄の一日は、まだ終わりそうになかった。

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