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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第3話 ランキング戦に向けて

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一太刀の壁(後編)

 ――ガキンッ!


 優斗の剣とハヤトの剣が激しくぶつかり合った。


(……いける!)


 先ほどまでとは違う。


 身体強化を制御できるようになったことで、優斗の動きは格段に鋭くなっていた。


 踏み込みに無駄がなくなり、剣を振ったあとの体勢も崩れない。


 優斗は次々と攻撃を繰り出した。


 ――キィンッ!


 ――ガキンッ!


(見える……!)


 ハヤトの剣の動きが、先ほどよりもはっきりと見える。


 身体が思いどおりに動く。


 祖父の道場で何度も繰り返した動作が、ようやくこの世界でも通用し始めたような気がした。


(これなら……!)


 優斗は一歩踏み込み、鋭い突きを放った。


 しかし――。


 ハヤトは剣をわずかに傾けただけで、その一撃を受け流した。


「……っ!」


 すぐさま横薙ぎに切り替える。


 だが、それも簡単に防がれる。


(なんでだよ……!)


 速くなった。


 力も強くなった。


 さっきより、ずっと上手く動けているはずなのに。


 ――届かない。


「優斗……!」


 ルイは思わず身を乗り出した。


「すごい……! さっきとは全然違う!」


「うん。あの子、身体強化を使いこなし始めてるね」


 ルーナも感心したように頷く。


 しかし、その表情はどこか複雑だった。


「でも……」


「……え?」


「兄さんは、まだ本気じゃない」


 ルイが再びステージへ目を向ける。


 ハヤトは相変わらず、涼しい顔をしていた。


 優斗がどれほど速く動こうとも、その剣は届かない。


(身体強化を制御できるようになっただけで、ここまで変わるか……)


 ハヤトは優斗の剣を受け流しながら、その動きを観察していた。


 確かに、才能はある。


 だが――。


(まだまだ、甘い)


「ふんっ!」


 ハヤトが優斗の剣を勢いよく弾いた。


「っ!?」


 優斗の両腕が跳ね上がる。


 その一瞬の隙を、ハヤトは見逃さなかった。


「はぁっ!」


 ――ドゴッ!


「うおぁっ!」


 鳩尾に鋭い蹴りが突き刺さった。


 優斗の身体が後方へ吹き飛ばされ、地面に膝をつく。


「ぐっ……!」


 胃の奥から何かが込み上げてくる。


 息が、うまく吸えない。


(くそ……これでもダメか……!)


「優斗っ!」


 ルイが叫ぶ。


 優斗は返事をしようとしたが、喉から漏れたのは苦しそうな呼吸だけだった。


「身体強化を使えばやれると思っただろう。甘いな」


 ハヤトは涼しい顔で告げた。


「俺は魔法どころか、身体強化すら使ってないぞ」


「…………っ」


 その言葉に、優斗は思わず顔を上げた。


(……嘘だろ)


 あれほどの速さ。


 あれほどの威力。


 それが、身体強化すら使っていない状態だというのか。


(どんだけ強いんだよ……この人……!)


 優斗は拳を握り締めた。


 悔しかった。


 何もできない自分が、たまらなく悔しかった。


「残り時間も、もうわずかだ。どうする? 諦めるか?」


「はぁ……はぁ……」


 優斗は荒い息を繰り返した。


 腕も、足も、限界に近い。


 それでも、剣を握る手だけは緩めなかった。


「まだ……諦めません……」


 ゆっくりと立ち上がる。


「まだ、試合は終わってねえ!」


 ハヤトを真っ直ぐに見据えた。


「優斗……もう……」


 ルイが思わず呟いた。


 これ以上、傷ついてほしくない。


 もう十分だ。


 そう言って、止めてしまいたかった。


 でも――。


(私のために……ここまで……)


 優斗が剣を握る理由を、ルイは知っている。


 ランキング戦に出たいと言った自分のために、優斗はハヤトに挑んだのだ。


 だからこそ、簡単に「やめて」とは言えなかった。


 ルイは胸の前で両手を握り締める。


(……頑張って)


 声に出せなかった言葉を、心の中で繰り返した。


(お願い……優斗……!)


     ◇ ◇ ◇


(どうすれば……)


 優斗は必死に考えた。


 動きの中で倒そうとしても、今のスピードでは追いつけない。


 剣を交えれば、力負けする。


 技術でも、速度でも、相手が上だ。


(くそ……何か……何かないのか……!)


 優斗は自分の剣を見つめた。


 何度も振った。


 何度も攻撃した。


 それでも、一度も届かなかった。


(……俺は)


 ふと、ルイの顔が頭に浮かんだ。


 落ちこぼれと呼ばれながらも、もう一度前を向こうとしている少女。


 自分の手を取り、一緒に頑張ろうと言ってくれた少女。


(……あいつは、諦めなかった)


 優斗はゆっくりと顔を上げた。


(だったら、俺が先に諦めてどうする……!)


 そして、先ほどハヤトから聞いた言葉を思い出す。


『この中では怪我や流血はするが、死ぬことはない』


(…………)


 優斗の目が、静かに細くなった。


 その表情の変化に、ハヤトも気づいた。


(……なんだ?)


 先ほどまでの焦りが消えている。


 代わりに浮かんでいたのは、妙に落ち着いた眼差しだった。


「……行きます」


 優斗が小さく呟いた。


「来い」


 ハヤトは短く答えた。


 次の瞬間――。


「うおおおっ!」


 優斗が再び間合いを詰めた。


 斬り下ろし。


 突き。


 横薙ぎ。


 残った力を振り絞るように、攻撃を繰り返す。


 ハヤトは冷静に剣をさばき、反撃を加えていく。


「ぐっ……!」


 優斗の身体に、また傷が増えた。


 それでも止まらない。


(我慢だ……!)


 ハヤトの剣をかわし、受け流しながら、必死に食らいつく。


(まだだ……!)


 何度も剣を弾かれる。


 何度も身体を斬られる。


 それでも優斗は、前へ出続けた。


「優斗……!」


 ルイの声が震える。


「もう……もういいよ……!」


 ついに、その言葉が口からこぼれた。


 しかし、優斗は振り返らなかった。


 その背中を見つめながら、ルイは唇を噛んだ。


(……ごめんね)


 自分がランキング戦に出たいと言わなければ。


 優斗が、こんな思いをすることもなかったのではないか。


 そんな考えが、頭をよぎる。


 そのとき。


「ルイ」


 隣にいたルーナが、静かに声をかけた。


「……え?」


「あの子、あんたのためだけに戦ってるわけじゃないと思うよ」


「…………」


「自分で決めたんでしょ。兄さんに挑むって」


 ルーナはステージへ目を向けた。


「だったら、最後まで見てあげなよ」


 ルイは何も言えなかった。


 ただ、優斗の背中を見つめ続けた。


     ◇ ◇ ◇


 やがて、優斗の足取りがわずかに乱れた。


 疲労で重心が左へ流れる。


 左脇腹に、大きな隙が生まれた。


(……そこだ)


 ハヤトはその隙を見逃さなかった。


「終わりだ!」


 鋭い突きが、優斗の左脇腹へ放たれる。


 ――ズブッ!


「っ……!!」


 ハヤトの剣が、優斗の左脇腹を貫いた。


「きゃあっ!」


「優斗ぉっ!!」


 ルーナとルイの悲鳴が響く。


 ルイは思わず駆け出そうとした。


 だが、結界に阻まれ、その場で立ち止まる。


「優斗……! 優斗っ!!」


 ハヤトは静かに息を吐いた。


(……終わりだ)


 剣を引こうとする。


 しかし――。


「……っ!?」


 動かない。


(……何?)


 優斗が、左腕と身体で剣を押さえ込んでいた。


 自分の脇腹に突き刺さった剣を、逃がさないように。


「……捕まえた」


 その口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「なっ……!?」


 ハヤトの表情が、初めて変わった。


(馬鹿な……!)


 優斗の足取りが乱れたのは、疲労だけではなかった。


 あえて隙を見せ、自分の剣を誘い込んだのだ。


(こいつ……最初から……!?)


「こうでも……しないと……」


 優斗は歯を食いしばった。


「攻撃が……当たらないから……!」


 身体が悲鳴を上げている。


 意識も、遠のきかけていた。


 それでも。


 優斗は最後の力を振り絞り、右手で握った剣をハヤトの胸へ突き出した。


「届けぇぇぇっ!!」


 ハヤトの目が見開かれる。


 刃が、胸元へ迫る。


 あと少し。


 あと、ほんの少しで――。


「ちぃっ!」


 ハヤトは咄嗟に優斗を蹴り飛ばした。


「ぐあっ!」


 優斗の身体が地面に叩きつけられる。


 その喉元へ、ハヤトの剣先が突きつけられた。


 ――その瞬間。


 試合終了を告げる音が鳴り響いた。


 三十分が経過し、結界がゆっくりと消えていく。


「優斗!!」


 ルイが真っ先に駆け寄った。


「優斗! 大丈夫!? ねえ、返事して!」


 優斗は仰向けに倒れたまま、荒い息を繰り返していた。


 傷はすでに塞がっている。


 しかし、身体を動かそうとしても、まるで言うことを聞かない。


「……大丈夫……だって……」


 何とか笑おうとする。


 だが、うまく笑えなかった。


「全然、大丈夫じゃないよ……!」


 ルイの声が震えた。


「こんなに……こんなにボロボロになって……!」


 優斗は目を閉じた。


「……ごめん」


 その一言に、ルイは首を横に振った。


「謝ってほしいわけじゃないの……!」


 言葉が続かなかった。


 ただ、優斗のそばに膝をついたまま、俯いていた。


 ハヤトが静かに近づいてくる。


「死なないと分かっていたとしても、無謀すぎる作戦だ。本来なら死んでるぞ」


「……分かってます……」


 優斗は荒い息の合間に答えた。


「でも……」


 少しだけ、目を開ける。


「刺し違えられたら……俺の……勝ちだから……」


「…………」


「本気で……勝ちたかったから……」


 その声は、悔しさに震えていた。


「……くそっ」


 優斗は右手で顔を覆った。


「あと……少しだったのに……!」


 最後の一撃。


 確かに、届くと思った。


 だが、届かなかった。


 何もできなかったわけではない。


 それでも、負けは負けだ。


「……悔しいな……」


 ぽつりと漏れた言葉に、ルイは顔を上げた。


 優斗は、唇を噛み締めていた。


 その姿を見て、ルイはようやく気づいた。


 優斗は、自分のためだけに戦っていたわけじゃない。


 この勝負に、本気で勝ちたかったのだ。


 ルイはそっと、優斗の手を握った。


「……うん」


 小さく頷く。


「悔しいね……」


 優斗は何も答えなかった。


 ただ、その手を弱々しく握り返した。


     ◇ ◇ ◇


 ハヤトは、そんな二人を静かに見つめていた。


(……こいつ、ここまで……)


 無茶な戦い方だ。


 到底、褒められたものではない。


 だが――。


(俺にも……こんな時があったな……)


 かつての自分を、少しだけ思い出す。


 ハヤトは小さく息を吐いた。


「約束は約束だ」


 その言葉に、優斗が顔を上げた。


「俺に攻撃が当たらなかった以上、教えることはできない」


「…………」


 優斗は目を伏せた。


「……はい」


 それだけ答えた。


「そ、そんな……」


 ルイが思わず声を上げる。


「兄さん……」


 ルーナも何か言いたげにハヤトを見つめた。


 だが、ハヤトは何も言わない。


 優斗はゆっくりと拳を握り締めた。


(……そりゃ、そうだよな)


 約束は、一太刀でも浴びせること。


 それができなかった。


(……負けたんだ、俺は)


 胸の奥に、重いものが沈んでいく。


 せっかく見つけた、強くなるための道。


 その道が、目の前で閉ざされたような気がした。


 そのとき――。


「毎朝五時」


「……え?」


 優斗が顔を上げた。


「毎朝五時に、俺はここでトレーニングをしている。夕方は十六時から十九時までだ」


「…………」


「勝手についてくる分には何も言わん」


 ハヤトは背を向けた。


「だが、俺の邪魔はするなよ」


 それだけ言い残し、施設を出ていった。


「…………」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


「……えっと。つまり……?」


 ルイが首を傾げる。


「素直じゃないねぇ〜、兄さんも」


 ルーナが呆れたように笑った。


「聞いてた? 優斗?」


「……ああ」


 優斗はゆっくりと上体を起こした。


「もちろんだ……!」


 その口元には、疲れ切った笑みが浮かんでいた。


「やってやる……」


 優斗はハヤトが去っていった扉を見つめた。


「ハヤトさんに、死に物狂いでついていく。うざいと思われてもだ……!」


「……うん!」


 ルイも大きく頷いた。


「そうだね! 頑張ろ! 私も優斗に負けないように頑張るよ!」


「ああ」


 優斗はルイを見て、力強く頷いた。


「絶対、二人で強くなろう」


 ルイはその言葉に、嬉しそうに微笑んだ。


 優斗はもう一度、ハヤトが去った扉へ目を向けた。


「次は絶対に……一本取ってやる」


 その瞳には、確かな決意が宿っていた。

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