一太刀の壁(前編)
模擬戦場に到着すると、ルーナとルイが優斗に小声で話しかけてきた。
「なんであんたは、そういうことを言っちゃうのかね……」
ルーナは呆れたようにため息をつく。
「優斗……大丈夫? 何か作戦とかあるの?」
ルイは心配そうに優斗を見上げた。
「作戦? そんなもんねぇよ」
「「えっ?」」
二人の声が重なる。
「当たって砕ける。それだけだ」
「いやいや、砕けちゃダメでしょ!」
ルーナが思わず突っ込む。
「まあ、やれるだけやってみるよ。じゃあ、見守っててくれ」
優斗はそう言って、ハヤトの方へ歩き出した。
「……また無茶なことしそうな感じだね」
「そうだね……」
ルイは不安そうに、その背中を見送った。
◇ ◇ ◇
「お前も剣でいいよな? これを持て」
ハヤトから手渡されたのは、剣の柄だけだった。
「は、はい。……って、なんですかこれ? 刃がないですけど……?」
「こうやるんだ」
ハヤトが柄に魔力を込める。
すると、柄の先端から光が伸び、まるで本物の剣のような刀身が現れた。
「えっ!? すげえ……!」
「この剣に魔力を込めると、魔力の刃が具現化する。自分が使う剣の重さ、大きさ、重心……あらゆることをイメージして魔力を込めろ」
「は、はい!」
優斗は渡された柄を両手で握り、目を閉じた。
(自分が一番使い慣れているのは、じいちゃんの道場で振っていた竹刀だ)
手になじむ柄の太さ。
両手で構えたときの長さ。
そして、振り下ろしたときの重さ。
何度も繰り返してきた素振りを思い出す。
(でも、今から使うのは竹刀じゃない。相手を斬ることのできる、本物の剣だ)
優斗の頭に、一本の日本刀が浮かび上がった。
緩やかに反った刀身。鋭く伸びる刃。そして、両手でしっかりと握れる柄。
(……よし。これだ!)
優斗は魔力測定の水晶に触れたときと同じように、柄をぎゅっと握り締めた。
すると、柄の先端から淡い光が伸び、徐々に刀身の形を成していく。
やがて光が収まると、そこには優斗が思い描いた日本刀が現れていた。
「おお……すげえ……!」
思わず声が漏れる。
試しに軽く振ってみた。
(……竹刀とは、少し感覚が違うな)
それでも、両手に伝わる重みは、不思議と心地よかった。
「できたなら、こちらに来い」
ハヤトが顎で示した先には、少し高くなったステージがあった。
広さは、優斗が通っていた道場と同じくらいだろうか。
ハヤトが近くの装置を操作すると、ステージを囲むように透明な壁が現れた。
「なんだ……これは?」
優斗は恐る恐る、その壁へ手を伸ばした。
「魔法結界だ。この中では怪我や流血はするが、死ぬことはない」
「死なない……?」
「ああ。結界の外に出るか、結界が解除されれば傷は治る。ただし、それに応じた疲労感や倦怠感が襲ってくる。ランキング戦も、この結界の中で行われる」
「もし、この結界の中で致命傷を受けたら……?」
「まあ、二、三日は目を覚まさないだろうな」
「…………」
優斗は思わず唾を呑み込んだ。
(痛いのは怖い。だけど、じいちゃんには何度もしばかれてきた)
竹刀で打たれた痛みを思い出す。
(痛いなんて、今更だ……!)
「まあ、死なないんだったら大丈夫です。始めましょう」
優斗は自分を鼓舞するように言った。
「ふっ。威勢だけはいいな」
ハヤトは、すべてを見透かしたように笑った。
二人がそれぞれの位置につく。
「三十分だ」
「え?」
「三十分間、時間をやろう。その間に俺に一太刀でも浴びせられたら、剣術の指導をしてやる。できなければ、別のやつを当たるんだな」
「……望むところです」
優斗は両手で剣を握り、剣道の構えを取った。
一方、ハヤトは右手で剣を持ち、足を肩幅ほどに開いている。
構えているというより、ただ自然に立っているように見えた。
「ではルーナ。開始の合図を頼む」
「え? ああ、うん!」
ルーナが二人を見渡した。
「それでは――バトルスタート!!」
開始の合図が響く。
しかし。
二人とも、一歩も動かなかった。
(……なんだ、この人)
優斗は間合いを詰めようとした。
だが、足が動かない。
(隙がねえ……!)
ハヤトはただ立っているだけだ。
剣を振り上げるわけでも、威嚇するわけでもない。
それなのに、どこから攻めても斬られる気がした。
(下手に間合いを詰めたら……いや、一歩でも動いたらやられる……!)
「どうした? 来ないのか?」
(動けないのがバレてる……)
「頭の中で、どうやれば勝てるか考えてるんですよ」
優斗は平静を装って答えた。
(動けばやられる……。けど、動かないと何も始まらない!)
覚悟を決めた。
「……っ!」
優斗は一気に間合いを詰め、ハヤトの喉元へ突きを放った。
ハヤトは避ける素振りすら見せない。
切っ先が、その喉元へ迫る。
(決まった……!!)
そう思った瞬間だった。
ハヤトは身体をわずかに半身へずらし、優斗の剣を軽く外側へ払った。
ただ、それだけ。
渾身の突きは、何の手応えもなく空を切った。
(今、決まったと……)
「今、決まったと思っただろう」
「……っ!」
「単純だな、お前は」
「くそがっ!」
優斗は再び距離を詰めた。
突き。
斬り下ろし。
横薙ぎ。
何度も攻撃を繰り出す。
しかし、そのすべてが軽々とかわされていく。
「重心がぶれてる」
剣が空を切る。
「脇が空いてるぞ」
振り下ろした剣を、簡単に受け流される。
「踏み込みが甘い」
「くっ……!」
まるで稽古をつけられているかのようだった。
(くそっ! こんなに攻撃してるのに、一切当たらない……!)
それだけではない。
(動いてるの、俺だけじゃねえか……!)
優斗は肩で息をしていた。
一方、ハヤトはほとんどその場から動いていない。
息ひとつ乱さず、涼しい顔をしている。
「どうした? もうバテたのか? 鍛錬が足らんみたいだな」
(落ち着け……)
優斗は深く息を吸った。
(ここで挑発に乗って、やぶれかぶれになるな。じいちゃんに教わった基本を思い出せ……)
無駄な力を抜く。
呼吸を整える。
(ムキになって大振りするな。向こうの太刀筋をまだ見てない。まずは、相手の動きを見るんだ!)
優斗はもう一度、ハヤトへ踏み込んだ。
今度は、ただ闇雲に攻撃するのではない。
剣を振るたび、相手の反応を確かめる。
どの角度から攻めれば、どう受け流すのか。
どの間合いなら、相手が動くのか。
少しずつ、ハヤトの動きが大きくなっていった。
(ほぅ……こいつ、考え始めたか)
ハヤトの目がわずかに細くなる。
優斗の攻撃は、ただの連打ではなくなっていた。
自分の動きを引き出すために、あえて攻め続けている。
(面白い……乗ってやろう)
その瞬間。
ハヤトが初めて、自ら剣を振った。
「っ!?」
優斗は咄嗟に剣を構え、その一撃を受け止める。
――ガキンッ!
(なんだ……この威力……!)
両腕に、凄まじい衝撃が走った。
(お、重い……!)
そこから、ハヤトの攻撃が始まった。
斬り下ろし。
横薙ぎ。
鋭い突き。
優斗は必死に剣を合わせる。
だが、受け止めるたびに腕が痺れ、足が後ろへ押し込まれていく。
「いっ……!」
かわしきれなかった刃が、優斗の身体をかすめた。
腕に、肩に、細かな傷が増えていく。
(くそっ……!)
それでも、何とか食らいつく。
しかし――。
――ガキィンッ!
「うわっ!」
ハヤトの一撃を受け止めた瞬間、あまりの威力に体勢を崩し、尻もちをついてしまった。
「くっ……!」
「どうした? 降参か?」
ハヤトは剣を下ろし、優斗を見下ろした。
「まだウォーミングアップにもなってないぞ」
「そんなことは……分かってますよ……!」
優斗は歯を食いしばって立ち上がる。
「でも、まだ俺も負けてないですから!」
(この人、凄すぎる……)
圧倒的な技術。
桁違いの剣の重さ。
(じいちゃんより、遥かに強い……!)
だが、優斗はただ打ちのめされていたわけではなかった。
(おかげで、色々参考になる動きも見られた……)
優斗は再び剣を構える。
(……よし!)
「ここから残りの時間で、絶対に一本取ってみせます!」
優斗は全身に血流を巡らせるようなイメージを思い浮かべた。
身体の奥に眠る魔力を、全身へ流し込む。
その瞬間――。
優斗の身体から、凄まじい魔力が溢れ出した。
「は、初めて見た……。優斗の身体強化……!」
ルイが驚きの声を上げる。
「うん、さすがA評価だね。エネルギーが溢れてるのが見えるよ」
ルーナも思わず身を乗り出した。
(頑張って……優斗……!)
ルイは胸の前で両手を組み、祈るように優斗を見つめた。
「ほぉ……得意の身体強化か」
ハヤトの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「どこまでやれるか楽しみだ……」
優斗は剣を握り直した。
全身に、今までとは比べものにならない力が満ちている。
「余裕ぶるのも……これまでだ!」
優斗は地面を蹴った。
――速い。
自分でも驚くほどの速度で、優斗の身体が前へ飛び出した。
だが、ハヤトは身体をわずかに半身へずらし、その突進をかわした。
「うわっ!?」
優斗は速度を制御できず、そのまま前のめりに転がった。
「いってぇ……!」
「えぇ……ちょっと優斗、何してんのよ……」
ルーナが呆れた声を上げる。
「優斗!? だ、大丈夫!?」
「くっそ……! まだこの状態を制御できねえ……」
優斗は立ち上がり、服についた埃を払った。
「なんだ? 慣れてないのか?」
「生憎、これを使うのは二回目くらいなもんで……」
優斗は剣を構え直した。
「でも、ここから慣れていきますよ!」
再びハヤトへ仕掛ける。
身体強化によって、速度も力も格段に増している。
しかし、動きが大きすぎた。
踏み込みは鋭くなったが、その分、止まることができない。
剣を振れば、必要以上に身体が流れる。
ハヤトはその攻撃を軽々と受け流した。
「お前、もう少し身体強化の出力を落とせ」
「えっ!? できたらそんなこと、とっくにやってますよ!」
優斗は後方へ跳んで間合いを取り直した。
(どうやって出力を落とせばいいんだ……?)
全身から力が溢れている。
だが、その力に身体が振り回されているようだった。
「優斗ぉー!」
そのとき、ルーナの声が響いた。
「魔力が身体から溢れてるから、自分の身体を魔力で包み込むイメージだよ!」
「包み込む……?」
優斗は自分の身体へ意識を向けた。
(包み込むってことは……覆う感じか)
今までは、ただ魔力を使うことだけを意識していた。
(魔力を流すんじゃない。身体を包む……!)
全身から溢れ出していた魔力が、徐々に落ち着いていく。
暴れていた力が、身体の内側へ収まっていくような感覚。
(……おお!)
優斗は軽く腕を動かした。
(さっきより、身体が軽い……!)
力は失われていない。
むしろ、動きに馴染んでいる。
(でも、これを意識しながら戦うのはきついな……)
ハヤトは優斗を静かに見つめていた。
「……なるほど」
「え?」
「一度の助言で、そこまで制御できるとはな」
その声には、わずかな感心が混じっていた。
「剣術はまだまだだが……魔力の扱いには、少し見込みがあるらしい」
「そりゃどーも」
優斗は不敵に笑った。
「でも、俺が見せたいのはここからですよ!」
ハヤトは答えず、静かに剣を構え直した。
優斗もまた、両手で剣を握り直す。
(今度こそ……!)
優斗は地面を蹴った。




