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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第3話 ランキング戦に向けて

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一太刀の壁(前編)

 模擬戦場に到着すると、ルーナとルイが優斗に小声で話しかけてきた。


「なんであんたは、そういうことを言っちゃうのかね……」


 ルーナは呆れたようにため息をつく。


「優斗……大丈夫? 何か作戦とかあるの?」


 ルイは心配そうに優斗を見上げた。


「作戦? そんなもんねぇよ」


「「えっ?」」


 二人の声が重なる。


「当たって砕ける。それだけだ」


「いやいや、砕けちゃダメでしょ!」


 ルーナが思わず突っ込む。


「まあ、やれるだけやってみるよ。じゃあ、見守っててくれ」


 優斗はそう言って、ハヤトの方へ歩き出した。


「……また無茶なことしそうな感じだね」


「そうだね……」


 ルイは不安そうに、その背中を見送った。


     ◇ ◇ ◇


「お前も剣でいいよな? これを持て」


 ハヤトから手渡されたのは、剣の柄だけだった。


「は、はい。……って、なんですかこれ? 刃がないですけど……?」


「こうやるんだ」


 ハヤトが柄に魔力を込める。


 すると、柄の先端から光が伸び、まるで本物の剣のような刀身が現れた。


「えっ!? すげえ……!」


「この剣に魔力を込めると、魔力の刃が具現化する。自分が使う剣の重さ、大きさ、重心……あらゆることをイメージして魔力を込めろ」


「は、はい!」


 優斗は渡された柄を両手で握り、目を閉じた。


(自分が一番使い慣れているのは、じいちゃんの道場で振っていた竹刀だ)


 手になじむ柄の太さ。


 両手で構えたときの長さ。


 そして、振り下ろしたときの重さ。


 何度も繰り返してきた素振りを思い出す。


(でも、今から使うのは竹刀じゃない。相手を斬ることのできる、本物の剣だ)


 優斗の頭に、一本の日本刀が浮かび上がった。


 緩やかに反った刀身。鋭く伸びる刃。そして、両手でしっかりと握れる柄。


(……よし。これだ!)


 優斗は魔力測定の水晶に触れたときと同じように、柄をぎゅっと握り締めた。


 すると、柄の先端から淡い光が伸び、徐々に刀身の形を成していく。


 やがて光が収まると、そこには優斗が思い描いた日本刀が現れていた。


「おお……すげえ……!」


 思わず声が漏れる。


 試しに軽く振ってみた。


(……竹刀とは、少し感覚が違うな)


 それでも、両手に伝わる重みは、不思議と心地よかった。


「できたなら、こちらに来い」


 ハヤトが顎で示した先には、少し高くなったステージがあった。


 広さは、優斗が通っていた道場と同じくらいだろうか。


 ハヤトが近くの装置を操作すると、ステージを囲むように透明な壁が現れた。


「なんだ……これは?」


 優斗は恐る恐る、その壁へ手を伸ばした。


「魔法結界だ。この中では怪我や流血はするが、死ぬことはない」


「死なない……?」


「ああ。結界の外に出るか、結界が解除されれば傷は治る。ただし、それに応じた疲労感や倦怠感が襲ってくる。ランキング戦も、この結界の中で行われる」


「もし、この結界の中で致命傷を受けたら……?」


「まあ、二、三日は目を覚まさないだろうな」


「…………」


 優斗は思わず唾を呑み込んだ。


(痛いのは怖い。だけど、じいちゃんには何度もしばかれてきた)


 竹刀で打たれた痛みを思い出す。


(痛いなんて、今更だ……!)


「まあ、死なないんだったら大丈夫です。始めましょう」


 優斗は自分を鼓舞するように言った。


「ふっ。威勢だけはいいな」


 ハヤトは、すべてを見透かしたように笑った。


 二人がそれぞれの位置につく。


「三十分だ」


「え?」


「三十分間、時間をやろう。その間に俺に一太刀でも浴びせられたら、剣術の指導をしてやる。できなければ、別のやつを当たるんだな」


「……望むところです」


 優斗は両手で剣を握り、剣道の構えを取った。


 一方、ハヤトは右手で剣を持ち、足を肩幅ほどに開いている。


 構えているというより、ただ自然に立っているように見えた。


「ではルーナ。開始の合図を頼む」


「え? ああ、うん!」


 ルーナが二人を見渡した。


「それでは――バトルスタート!!」


 開始の合図が響く。


 しかし。


 二人とも、一歩も動かなかった。


(……なんだ、この人)


 優斗は間合いを詰めようとした。


 だが、足が動かない。


(隙がねえ……!)


 ハヤトはただ立っているだけだ。


 剣を振り上げるわけでも、威嚇するわけでもない。


 それなのに、どこから攻めても斬られる気がした。


(下手に間合いを詰めたら……いや、一歩でも動いたらやられる……!)


「どうした? 来ないのか?」


(動けないのがバレてる……)


「頭の中で、どうやれば勝てるか考えてるんですよ」


 優斗は平静を装って答えた。


(動けばやられる……。けど、動かないと何も始まらない!)


 覚悟を決めた。


「……っ!」


 優斗は一気に間合いを詰め、ハヤトの喉元へ突きを放った。


 ハヤトは避ける素振りすら見せない。


 切っ先が、その喉元へ迫る。


(決まった……!!)


 そう思った瞬間だった。


 ハヤトは身体をわずかに半身へずらし、優斗の剣を軽く外側へ払った。


 ただ、それだけ。


 渾身の突きは、何の手応えもなく空を切った。


(今、決まったと……)


「今、決まったと思っただろう」


「……っ!」


「単純だな、お前は」


「くそがっ!」


 優斗は再び距離を詰めた。


 突き。


 斬り下ろし。


 横薙ぎ。


 何度も攻撃を繰り出す。


 しかし、そのすべてが軽々とかわされていく。


「重心がぶれてる」


 剣が空を切る。


「脇が空いてるぞ」


 振り下ろした剣を、簡単に受け流される。


「踏み込みが甘い」


「くっ……!」


 まるで稽古をつけられているかのようだった。


(くそっ! こんなに攻撃してるのに、一切当たらない……!)


 それだけではない。


(動いてるの、俺だけじゃねえか……!)


 優斗は肩で息をしていた。


 一方、ハヤトはほとんどその場から動いていない。


 息ひとつ乱さず、涼しい顔をしている。


「どうした? もうバテたのか? 鍛錬が足らんみたいだな」


(落ち着け……)


 優斗は深く息を吸った。


(ここで挑発に乗って、やぶれかぶれになるな。じいちゃんに教わった基本を思い出せ……)


 無駄な力を抜く。


 呼吸を整える。


(ムキになって大振りするな。向こうの太刀筋をまだ見てない。まずは、相手の動きを見るんだ!)


 優斗はもう一度、ハヤトへ踏み込んだ。


 今度は、ただ闇雲に攻撃するのではない。


 剣を振るたび、相手の反応を確かめる。


 どの角度から攻めれば、どう受け流すのか。


 どの間合いなら、相手が動くのか。


 少しずつ、ハヤトの動きが大きくなっていった。


(ほぅ……こいつ、考え始めたか)


 ハヤトの目がわずかに細くなる。


 優斗の攻撃は、ただの連打ではなくなっていた。


 自分の動きを引き出すために、あえて攻め続けている。


(面白い……乗ってやろう)


 その瞬間。


 ハヤトが初めて、自ら剣を振った。


「っ!?」


 優斗は咄嗟に剣を構え、その一撃を受け止める。


 ――ガキンッ!


(なんだ……この威力……!)


 両腕に、凄まじい衝撃が走った。


(お、重い……!)


 そこから、ハヤトの攻撃が始まった。


 斬り下ろし。


 横薙ぎ。


 鋭い突き。


 優斗は必死に剣を合わせる。


 だが、受け止めるたびに腕が痺れ、足が後ろへ押し込まれていく。


「いっ……!」


 かわしきれなかった刃が、優斗の身体をかすめた。


 腕に、肩に、細かな傷が増えていく。


(くそっ……!)


 それでも、何とか食らいつく。


 しかし――。


 ――ガキィンッ!


「うわっ!」


 ハヤトの一撃を受け止めた瞬間、あまりの威力に体勢を崩し、尻もちをついてしまった。


「くっ……!」


「どうした? 降参か?」


 ハヤトは剣を下ろし、優斗を見下ろした。


「まだウォーミングアップにもなってないぞ」


「そんなことは……分かってますよ……!」


 優斗は歯を食いしばって立ち上がる。


「でも、まだ俺も負けてないですから!」


(この人、凄すぎる……)


 圧倒的な技術。


 桁違いの剣の重さ。


(じいちゃんより、遥かに強い……!)


 だが、優斗はただ打ちのめされていたわけではなかった。


(おかげで、色々参考になる動きも見られた……)


 優斗は再び剣を構える。


(……よし!)


「ここから残りの時間で、絶対に一本取ってみせます!」


 優斗は全身に血流を巡らせるようなイメージを思い浮かべた。


 身体の奥に眠る魔力を、全身へ流し込む。


 その瞬間――。


 優斗の身体から、凄まじい魔力が溢れ出した。


「は、初めて見た……。優斗の身体強化……!」


 ルイが驚きの声を上げる。


「うん、さすがA評価だね。エネルギーが溢れてるのが見えるよ」


 ルーナも思わず身を乗り出した。


(頑張って……優斗……!)


 ルイは胸の前で両手を組み、祈るように優斗を見つめた。


「ほぉ……得意の身体強化か」


 ハヤトの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「どこまでやれるか楽しみだ……」


 優斗は剣を握り直した。


 全身に、今までとは比べものにならない力が満ちている。


「余裕ぶるのも……これまでだ!」


 優斗は地面を蹴った。


 ――速い。


 自分でも驚くほどの速度で、優斗の身体が前へ飛び出した。


 だが、ハヤトは身体をわずかに半身へずらし、その突進をかわした。


「うわっ!?」


 優斗は速度を制御できず、そのまま前のめりに転がった。


「いってぇ……!」


「えぇ……ちょっと優斗、何してんのよ……」


 ルーナが呆れた声を上げる。


「優斗!? だ、大丈夫!?」


「くっそ……! まだこの状態を制御できねえ……」


 優斗は立ち上がり、服についた埃を払った。


「なんだ? 慣れてないのか?」


「生憎、これを使うのは二回目くらいなもんで……」


 優斗は剣を構え直した。


「でも、ここから慣れていきますよ!」


 再びハヤトへ仕掛ける。


 身体強化によって、速度も力も格段に増している。


 しかし、動きが大きすぎた。


 踏み込みは鋭くなったが、その分、止まることができない。


 剣を振れば、必要以上に身体が流れる。


 ハヤトはその攻撃を軽々と受け流した。


「お前、もう少し身体強化の出力を落とせ」


「えっ!? できたらそんなこと、とっくにやってますよ!」


 優斗は後方へ跳んで間合いを取り直した。


(どうやって出力を落とせばいいんだ……?)


 全身から力が溢れている。


 だが、その力に身体が振り回されているようだった。


「優斗ぉー!」


 そのとき、ルーナの声が響いた。


「魔力が身体から溢れてるから、自分の身体を魔力で包み込むイメージだよ!」


「包み込む……?」


 優斗は自分の身体へ意識を向けた。


(包み込むってことは……覆う感じか)


 今までは、ただ魔力を使うことだけを意識していた。


(魔力を流すんじゃない。身体を包む……!)


 全身から溢れ出していた魔力が、徐々に落ち着いていく。


 暴れていた力が、身体の内側へ収まっていくような感覚。


(……おお!)


 優斗は軽く腕を動かした。


(さっきより、身体が軽い……!)


 力は失われていない。


 むしろ、動きに馴染んでいる。


(でも、これを意識しながら戦うのはきついな……)


 ハヤトは優斗を静かに見つめていた。


「……なるほど」


「え?」


「一度の助言で、そこまで制御できるとはな」


 その声には、わずかな感心が混じっていた。


「剣術はまだまだだが……魔力の扱いには、少し見込みがあるらしい」


「そりゃどーも」


 優斗は不敵に笑った。


「でも、俺が見せたいのはここからですよ!」


 ハヤトは答えず、静かに剣を構え直した。


 優斗もまた、両手で剣を握り直す。


(今度こそ……!)


 優斗は地面を蹴った。

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