二人の師匠探し(後編)
ルイの魔法の指導は、ルミナにお願いできることになった。
次は、優斗の番だ。
「じゃあ次は優斗の方だね。姉さん、兄さんがどこにいるか知ってる?」
ルーナが尋ねると、ルミナは少し考えるように首を傾げた。
「いえ、知らないけど……でも、大体この時間は剣の鍛錬をしているんじゃないかしら?」
「じゃあ模擬戦施設の近くか! ありがとう! 行ってみるね!」
「バイバイ! お姉ちゃん!」
「気をつけてね!」
三人はルミナに別れを告げ、模擬戦施設へと向かった。
◇ ◇ ◇
模擬戦施設に到着すると、その隣にプレハブ小屋のような小さな建物があった。
「あの小さい建物が、剣の鍛錬場だよ」
ルーナが建物を指さした。
「隣のグラウンドでは、剣術の鍛錬をしてる連中が走ったり、跳んだり、筋トレしたり……色々むさ苦しいことをしてるわ」
「まあ、剣を握るんだから、それくらいやらないとな。俺もめちゃくちゃしごかれたし……」
優斗は祖父との厳しい稽古を思い出した。
何度も繰り返した素振り。
容赦なく打ち込まれた竹刀。
思い出すだけで、少し気が重くなる。
「とりあえず、お兄ちゃんがいるか覗いてみようよ」
「そうだな」
三人は小屋の扉を開けた。
「失礼します……」
――ヒュン!
中から、鋭い風切り音が響いた。
優斗が視線を向けると、一人の男が剣を振り下ろしていた。
無駄のない動き。
剣を振り下ろすたび、空気が鋭く切り裂かれる。
その男は、静かに型の確認を繰り返していた。
「ハヤトお兄ちゃん……」
ルイが小声で呼びかける。
「ん? なんだ、ルイか。それとルーナ」
男が剣を止め、こちらへ振り返った。
「あとは、入学式の問題児か」
低く、よく通る声だった。
「あのときはすみませんでした。ああするしかなかったもんで……」
優斗は苦笑いを浮かべた。
目の前の男は、服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた体つきをしていた。
無駄な肉のない引き締まった身体に、しっかりとついた筋肉。
彫りの深い整った顔立ちは、十人いれば全員が美男子と答えるだろう。
身長は優斗より十センチほど高い。
黒みがかった深緑色の髪は、前髪を中央で分け、後ろは襟元まで伸びていた。
(……この人が、ハヤトさんか)
優斗は改めて背筋を伸ばした。
「改めまして、平賀優斗と言います。よろしくお願いします」
「ハヤト=アルベルト=フローレスだ。こちらこそよろしく」
ハヤトは優斗を一瞥した。
「で、みんなで何の用だ?」
「あのね、優斗の剣術の稽古をつけてほしいの」
「ん? どういうことだ?」
「突然すみません。実は、俺たち、次のランキング戦に出ようと思っています」
優斗は真っ直ぐにハヤトを見た。
「元々、自分がいた世界で剣の型を習っていたので、戦うなら剣だと思っています。俺に、この世界の剣術を教えていただきたいんです!」
「ほぉー。ルイ、やっと出られるんだな。良かったな」
「ありがとう。ねえ、お兄ちゃん。お願い! 優斗に教えてあげてほしい!」
「お願いします!」
優斗は深々と頭を下げた。
しばらくの沈黙。
そして――。
「なるほどな。ダメだ」
「えっ……?」
ルイが目を丸くした。
「なんで……?」
優斗は頭を下げたまま、動かなかった。
「ちょっと! なんでよ、兄さん! いいでしょ! 減るもんじゃないし!」
ルーナが抗議する。
「俺も生徒会の仕事や、自分のことで忙しいんだ。こいつに構ってやる暇なんてない」
「えっ……でも……」
「それに、入学式で暴れたやつに剣術を教えると、どうなるか分からんしな」
「ちょっと兄さん! 優斗はそんなやつじゃないわ!」
「俺はこいつがどんなやつか知らん。お前たちの頼みではあるが、他を当たってくれ」
「えっ、あの……」
ルイが困ったように優斗を見る。
だが、優斗はまだ頭を下げたままだった。
(……やっぱり、そう簡単にはいかないか)
ハヤトの言い分は分かる。
突然現れた人間に、自分の時間を割いて剣術を教えてくれと言われても、簡単に引き受けられるはずがない。
それでも――。
(ここで引き下がったら、ルイと一緒に戦うなんて言えない)
優斗は拳を握りしめた。
(こうなったら、この手を使うしか……)
「……ってのか?」
「なんだと?」
ハヤトの眉がわずかに動いた。
「弟子を取るのにビビってんのかって言ったんですよ」
空気が、一瞬で張り詰めた。
「…………」
「ちょっと! 優斗、何言って……!」
ルイが慌てて声を上げる。
だが、優斗は止まらなかった。
「何も言い返せないんだから、図星なんでしょう」
優斗は顔を上げ、ハヤトを真っ直ぐに見据えた。
「俺に教えて、あんたより強くなったら面目がなくなるし、逆に俺が弱いままだったら、教え方が悪かったって評判が落ちますもんね!」
「ちょいちょいちょい! 優斗! やめなよ!」
ルーナまで慌て始めた。
しかし、ハヤトは怒鳴り返すことも、剣を構えることもしなかった。
ただ、静かに優斗を見つめている。
「……随分と安い挑発だな」
「……っ!」
「俺を怒らせれば、剣を交えてもらえるとでも思ったか?」
優斗は返す言葉を失った。
(……全部、お見通しかよ)
目の前の男は、怒ってなどいなかった。
ただ、こちらの考えを見透かすように、静かに優斗を見つめている。
その落ち着きが、かえって恐ろしかった。
「だが、一つだけ興味が湧いた」
ハヤトは優斗を真っ直ぐに見据えた。
「お前がそこまでして、ルイと共に戦おうとする理由だ」
「…………」
優斗は何も答えられなかった。
ハヤトはしばらくその顔を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「一度だけ、機会をやろう」
「……え?」
「俺に一太刀でも浴びせられたら、お前に剣術を教えてやる」
ハヤトはそう告げると、模擬戦施設の方へ歩き始めた。
「ついてこい」
優斗はその背中を見つめた。
ようやく手に入れた、一度きりの機会。
だが、その条件はあまりにも厳しいものだった。
「え? 何? どうなるの?」
ルイが戸惑いながら尋ねる。
「あんな本気の目をしたハヤト兄さん、初めて見たかも……。私たちも行こう!」
「う、うん……」
二人も慌てて後を追った。
(どうしよう……)
ルイの胸に、不安が広がっていく。
優斗がお兄ちゃんを怒らせてしまった。
でも、優斗がここまでして剣術を教わろうとしているのは、自分とランキング戦に出るためだ。
「優斗……」
ルイは小さく、その名を呟いた。
その声は、少し先を歩く優斗には届かない。
優斗は一度も振り返ることなく、ハヤトの背中を追っていた。




