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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第3話 ランキング戦に向けて

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最強の師匠は容赦がない(後編)

「……悪かったって」


 優斗は左頬をさすりながら、ため息をついた。


「でも、殴ることないだろ……」


 その頬には、くっきりと赤い手形が残っていた。


「ふーんだ! 乙女心を傷つけた罰よ!」


 ルーナは頬を膨らませ、そっぽを向く。


「いや、傷つけたって……何が?」


「……っ!」


 ルーナの顔が、さらに赤くなった。


「もうっ! そういうところよ!」


「……?」


 優斗は首を傾げる。


「優斗って、たまに天然なところあるよね……」


 近くにいたクラスメイトが苦笑した。


「俺が? 天然? そんなわけないだろ」


「…………」


 周囲の視線が、一斉に優斗へ集まる。


「……なんだよ、その目は」


 優斗は納得がいかない様子で呟いた。


「……で?」


 ルーナが腕を組んだ。


「なんで急に動けなくなったのよ? 朝は普通に教室まで来てたじゃない」


「……朝のトレーニングのせいだよ」


 優斗は力なく答えた。


「来るときは何とか歩けたんだけど、授業でずっと座ってたら、足が固まっちまって……」


「……どんなトレーニングしたのよ」


「思い出したくもねえ……」


 優斗は遠い目をした。


「トレーニング?」


 クラスメイトの一人が首を傾げる。


「なんでまた急に始めたんだ?」


「ああ、それはね」


 ルーナが優斗の代わりに答えた。


「優斗とルイ、ランキング戦に出る予定なのよ」


「「ええっ!?」」


 周囲から驚きの声が上がった。


「マジで!?」


「すごいじゃん! 応援するよ!」


「ありがとう」


 優斗は少し照れくさそうに笑った。


「まあ、どこまでやれるか分からないけどさ。精一杯準備して、頑張るよ」


「それで、どんなトレーニングしてるんだ?」


「筋トレなら、俺もおすすめあるぞ!」


 そこから話題は、トレーニングやランキング戦のことへ移っていった。


 優斗も少しずつ、いつもの調子を取り戻していく。


 ただし――。


(……結局、どうやって食堂まで行けばいいんだ……?)


 その問題だけは、最後まで解決しなかった。


     ◇ ◇ ◇


 そして、放課後。


「……マジで身体が重い」


 優斗は机に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。


「足が……本当に動かねえ……」


「大丈夫なの、それ?」


 ルーナが心配そうに顔を覗き込む。


「まあ……何とかなるだろ」


「……無理しすぎないでよ?」


「分かってるって」


 優斗は苦笑した。


「ルーナはルイのところに行くんだろ?」


「うん。今日は私もルイの方を手伝いに行ってくるね!」


「そっか。ありがとうな、ルーナ。本当に助かるよ」


「……っ!」


 ルーナは一瞬、言葉に詰まった。


「べ、別に! 姉妹なんだから当然よ!」


 そう言い残すと、足早に教室を出ていった。


「……なんだ?」


 優斗は首を傾げた。


(……まあ、いいか)


「さて……俺も行くか」


 優斗は重い足を引きずるように、道場へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


 道場に到着すると、まだハヤトの姿はなかった。


(……まだ来てないのか)


 優斗は運動着に着替え、準備体操を始めた。


 身体を動かすたび、あちこちが痛む。


「……いってぇ……」


 それでも、少しずつ身体がほぐれていくのを感じた。


 準備体操を終えても、ハヤトはまだ来ない。


 優斗は壁際に置かれた木刀を一本手に取った。


「……この世界にも木刀ってあるんだな」


 軽く握り直し、構えを取る。


「……ふっ!」


 正面へ振り下ろす。


 もう一度。


 さらに、もう一度。


 祖父の道場で繰り返してきた、いつもの素振りだった。


 だが、途中で優斗は手を止めた。


(……昨日のハヤトさんの剣って、こんな感じだったよな)


 頭の中に、模擬戦での光景が蘇る。


 最小限の動きで、自分の攻撃を受け流していたハヤト。


 無駄のない足運び。


 そして、剣を振るたびに伝わってきた、あの凄まじい重さ。


(……どうやってたんだろうな)


 優斗はもう一度、木刀を構えた。


 昨日のハヤトの動きを思い浮かべながら、ゆっくりと振る。


 だが――。


「……違うな」


 思っていた動きにならない。


「……もう一回」


 優斗は何度も繰り返した。


 そのときだった。


「……ほう」


「うわっ!?」


 突然、背後から声がした。


 振り返ると、いつの間にかハヤトが立っていた。


「お、お疲れ様です!」


「ああ。待たせたな」


 ハヤトは優斗の手元へ目を向けた。


「もう準備はできているのか?」


「はい。逆に動いてないと、身体がバキバキで……」


「そうか」


 ハヤトは小さく笑った。


「少し待ってろ。俺も着替えてくる」


「分かりました!」


 ハヤトが道場の奥へ消える。


 優斗は再び木刀を握り直した。


(……よし。もう一回)


 そして、昨日の戦いを思い出しながら素振りを続けた。


     ◇ ◇ ◇


「待たせたな」


 しばらくして、ハヤトが戻ってきた。


 その手にも、一本の木刀が握られている。


「では、実際に打ち合いながらやっていくか」


「はい! よろしくお願いします!」


「…………」


 ハヤトは、なぜか微妙な表情を浮かべた。


「……なんか、やりづらいな」


「え?」


「昨日まで、もっと気安く話していただろう。自然体で接してくれて構わんぞ」


「えっ……でも、師匠ですし……」


「師匠と呼ばれるほど、まだ何も教えてない」


「……それもそうですね」


「おい」


 優斗が思わず笑うと、ハヤトも小さく笑った。


 昨日の模擬戦では感じなかった、少し柔らかな空気が流れる。


「……さて、始めるぞ」


「はい!」


 二人は向かい合い、木刀を構えた。


 ――カンッ!


 乾いた音が、道場に響く。


「重心がぶれているぞ」


「はい!」


 ――カンッ!


「体重移動をもっと意識しろ。腕だけで振っても、攻撃に重さは乗らん」


「……っ!」


「それと、剣を振ったあとの姿勢が甘い。次の動作につなげられるようにしろ」


「分かりました!」


 優斗は必死にハヤトの動きを追った。


 しかし、何度打ち込んでも、簡単に受け流されてしまう。


(……やっぱり、全然違う)


 昨日の模擬戦と同じだ。


 だが、今は少しだけ見方が変わっていた。


(ただ速いんじゃない。無駄がないんだ……)


 足の運び。


 腰の回転。


 剣を振る角度。


 その一つ一つが、自然につながっている。


(……すげえな)


 優斗は思わず見入ってしまった。


「おい。見てるだけじゃ強くならんぞ」


「……っ! はい!」


 ――カンッ!


 再び、木刀の音が響いた。


     ◇ ◇ ◇


「……ふぅ。いったん休憩にするか」


「はぁ……はぁ……そうですね……」


 優斗は木刀を下ろし、その場に座り込んだ。


 二人は水分を取り、しばらく息を整えた。


「お前、基礎は少しできているが……やはり経験不足だな」


「……そりゃそうですよ」


 優斗は苦笑する。


「でも、やってたときは毎日稽古を受けてましたよ」


「ほう。熱心な先生に出会ったんだな」


「まあ……そうですね」


 優斗は少しだけ懐かしそうに笑った。


「俺のじいちゃんなんですよ」


「……おじい様が?」


「はい。俺の未熟な心と身体を鍛えるって言って、毎日しごかれてました」


「そうか……」


 ハヤトは興味深そうに頷いた。


「ちなみに、おじい様は強いのか?」


「めちゃくちゃ強いと思いますよ」


 優斗は即答した。


「実際に誰かと試合してるところは見たことないですけど、俺は全然歯が立ちませんでしたから」


「……ほう」


「でも、ハヤトさんの方が強いと思います」


「ははっ。そうか」


 ハヤトは楽しそうに笑った。


「俺は誰にも負けないつもりで、日々鍛錬を積んでいるからな」


「……でしょうね」


 優斗は昨日の模擬戦を思い出し、苦笑した。


 しばらく、二人は静かに水を飲んだ。


 そのとき、優斗はふと周囲を見回した。


「……そういえば」


「ん?」


「ここって、昨日も今日も、俺たち以外誰も来ませんね」


「ああ」


 ハヤトは道場を見渡した。


「ここはメインの道場ではないからな。メイングラウンドの近くに、みんなが使う大きな施設がある」


「へえ……」


「そっちの方が広くて、設備も整っているぞ。なんだ、そっちに行きたいのか?」


「いや、そういうわけじゃないです」


 優斗は首を横に振った。


「ただ……ここ、いいなって思いまして」


「……?」


「静かだし、落ち着いて稽古できますし」


 優斗は木刀を見つめた。


「なんか、じいちゃんの道場を思い出すんですよね」


「…………」


 ハヤトは少しだけ目を細めた。


「……そうか」


 それ以上、何も言わなかった。


 優斗も、無理に話を続けようとはしなかった。


 静かな道場に、外から吹く風の音だけが聞こえる。


 不思議と、居心地の悪い沈黙ではなかった。


「……さて」


 ハヤトが立ち上がった。


「続きをやるか」


「了解です!」


 優斗も木刀を握り直し、立ち上がった。


 再び、二人の木刀がぶつかり合う。


 ――カンッ!


 ――カンッ!


 乾いた音が、静かな道場に響き渡った。


     ◇ ◇ ◇


「よし。今日はこれくらいにしよう」


 ハヤトが時計へ目を向けた。


 時刻は午後六時半。


「はぁ……はぁ……ありがとうございました……!」


 優斗はその場に倒れ込んだ。


「やれやれ……」


 ハヤトは呆れたように笑った。


「これから平日は、基本的にこのサイクルでやっていくからな。明日も朝五時だ」


「……わ、分かりました……」


「それと、もう一つ」


「……え? なんですか?」


 ハヤトは、何でもないことのように言った。


「明日は上半身のトレーニングだ。楽しみにしておけ」


「…………」


 優斗の表情が固まった。


「……上半身?」


「ああ」


「……今日、下半身が死んだんですけど」


「明日は腕も鍛えられるな」


「……最悪だ」


 ハヤトは楽しそうに笑った。


「じゃあな。ゆっくり休めよ」


「……行きたくねえ……」


 優斗の小さな呟きは、ハヤトには聞こえていないようだった。


     ◇ ◇ ◇


 優斗は重い足を引きずりながら、寮へ戻った。


「ただいまぁ……」


 返事はない。


 どうやら、ルイはまだ帰ってきていないようだった。


「……あいつも頑張ってるんだろうな」


 優斗は誰もいないリビングを見渡した。


 朝から晩まで、身体を動かし続けた一日。


 正直、もう何もしたくなかった。


「……風呂入って、飯食って、寝るか」


 そう呟いて、自室へ向かおうとした。


 しかし、ふと足を止める。


 頭に浮かんだのは、夕方の道場で見たハヤトの剣だった。


 無駄のない動き。


 力強い一撃。


 そして、何度打ち込んでも届かなかった、あの背中。


(……遠いな)


 優斗は小さく笑った。


(でも……)


 祖父に教わった剣術を、大切にしていいと言ってくれた。


 自分の未熟さを認めたうえで、鍛えようとしてくれている。


 何より――。


(……あの人から、もっと学びたい)


 優斗はゆっくりと拳を握り締めた。


 ルイも今頃、必死に頑張っているはずだ。


(……俺も、へばってられねえな)


 明日の朝も、きっと地獄だろう。


 それでも。


「……よし」


 優斗は顔を上げた。


「明日も、頑張るか」


 誰もいない部屋に、小さな声が響いた。


 こうして、優斗の長く険しい修行の日々が始まった。

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