すれ違う想い(前編)
優斗がクラスメイトたちとの歓迎会を楽しんでいた頃――。
ルイはマリとアンナの三人で学園を出て、街へ昼食を食べに来ていた。
「いやー! やっぱりここのハンバーガーは美味しいね! ルイ!」
「うん、そだねー……」
マリの元気な声とは対照的に、ルイの返事にはまるで覇気がない。
目の前には、大きなハンバーガーと山盛りのポテト。
普段なら嬉しそうに頬張っているはずなのに、今日はハンバーガーを両手で持ったまま、ちびちびとかじっている。
「……まだへこんでるの?」
マリがルイの顔を覗き込む。
「魔法が使えないって決まったわけじゃないし、魔力量も身体強化もAだよ!? エー!」
「マリ、うるさい」
アンナが淡々と言う。
「うぉっと!」
マリは慌てて口を押さえた。
「失礼しました~」
周囲の客へぺこぺこと頭を下げる。
アンナはそんなマリを横目で見た後、紅茶を一口飲んだ。
「サーバントは主人の能力に影響を受ける、という話はありますが……それもどこまで本当なのか分かりませんからね」
「……ありがとう、二人とも」
ルイは小さく笑った。
けれど、すぐに視線が下がる。
「でも……やっぱり、私が召喚したせいでって思うと……」
優斗は、気にするなと言ってくれた。
身体強化が得意なら、それを伸ばせばいい。
そんなふうに笑っていた。
でも――。
(本当に、平気なのかな……)
測定結果を見た瞬間の、優斗の表情。
ほんの一瞬だけ見えた戸惑いが、頭から離れなかった。
「ふーむ……」
マリはポテトを一本つまみながら首を傾げる。
「でも、ルイの去年の測定結果って悪くなかったじゃん?」
「…………」
「魔力量はCだったけど、防御も回復も補助もBだったでしょ? 攻撃と身体強化だってDなんだから、悪い結果じゃないよ! 属性は相性もあるしさ」
「それは……そうだけど」
ルイはハンバーガーを皿へ戻した。
「もしかしたら……今測ったら、もっと悪くなってるかもしれないし……」
「否定はできませんね」
「はぁぁぁぁぁぁ……」
ルイがテーブルへ突っ伏す。
「ちょっとアンナまで!」
「可能性の話をしただけです」
「そこは嘘でも『大丈夫です』って言うところでしょ!」
「根拠のない慰めは好みませんので」
「はぁぁぁぁぁぁ……」
「ルイもため息追加しないで!」
マリが頭を抱える。
「ちゃんと勉強してきたんだから大丈夫だって! ね!」
「……うん」
ルイは顔を上げた。
マリが自分を励まそうとしてくれているのは分かる。
アンナだって、言葉は少し厳しいけれど、心配してくれているのだろう。
それなのに、気持ちはなかなか晴れなかった。
去年、サーバントの召喚に失敗してから。
自分が何かをするたびに、また失敗するんじゃないかと思うようになった。
そして今度は、自分だけではない。
優斗まで巻き込んでしまったのかもしれない。
(……嫌だな)
そんなことを考えていると――。
「どうした? お嬢ちゃん」
低く太い声が、三人の頭上から降ってきた。
「そんなでっかいため息ついて。悩み事か?」
三人が顔を上げる。
そこに立っていたのは――巨大な男だった。
筋骨隆々の身体。
立派な髭。
腰にはエプロン。
そして頭部は、店内の照明を見事なまでに反射している。
「あっ、ガイトさん!」
マリが嬉しそうに手を上げた。
「実はこの子、失恋したの……」
「なに!?」
ガイトが目を見開く。
「そうなのか!?」
「ち、違う! 違います!」
ルイが慌てて両手を振る。
「あれ?」
マリが首を傾げる。
「じゃあ、ダイエット失敗だったっけ?」
「なにぃー!?」
ガイトがさらに驚く。
「する必要ないだろ!」
「だから違いますって!」
「そ、そうか?」
ガイトは腕を組み、しばらく難しい顔をする。
「まあ、おじさんにはよく分からんが――」
そして突然、にかっと笑った。
「ちゃんと食べて元気出さないと、俺みたいに禿げるぞ!」
親指を立てる。
眩しい頭。
真っ白な歯。
完璧な笑顔だった。
「うわっ、それは嫌かも」
「絶対嫌です」
「それは困ります……」
「おいおい!」
ガイトが胸を押さえる。
「冗談でもきついぜ!?」
三人が思わず笑う。
「そうだ! ちょっと待ってな!」
ガイトは何かを思いついたように厨房へ戻っていった。
「……なんだったんだろ」
「さあ?」
しばらくして。
「お待たせ!」
ガイトが戻ってきた。
その両手には――三つの大きなパフェ。
「えっ!?」
「嬢ちゃんたち、よく来てくれるからな!」
ガイトは三人の前へパフェを並べる。
「今日は新学期のお祝いも兼ねて、特別サービスだ!」
「え! いいの!?」
マリの目が輝く。
「ダメですよ!」
ルイが慌てる。
「ちゃんとお金払います!」
「いいって、いいって!」
ガイトは豪快に笑う。
「また来てくれりゃ、それでいいからさ! それに、若い子がそんな暗い顔してちゃ、せっかくの飯がもったいねえだろ?」
そう言って、ルイの前に置いたパフェを指差した。
「悩み事があるなら、まず腹いっぱい食ってから考えな!」
「……はい!」
ルイが頷くと、ガイトは満足そうに笑い、厨房へ戻っていった。
「……いい人だね」
「でしょ?」
マリはすでにパフェへスプーンを伸ばしている。
「いやー! この店はいいお店だー!」
「現金ですね」
「いいじゃん、美味しいんだから!」
「ふふっ」
ルイもようやく、自然に笑った。
「そうだね」
パフェを一口食べる。
甘い。
冷たいクリームが舌の上で溶けていく。
優斗の測定結果が変わったわけではない。
自分の不安が消えたわけでもない。
それでも、こうして笑っていられる時間があることが、今は少しだけ嬉しかった。
「今度は優斗と来ようかな」
「おっ!」
マリがにやりと笑った。
「そうだね! ガイトさんに自慢の彼氏って紹介しないとね!」
「だから違うってばっ!」
ルイの声が店内に響く。
今度は、ため息ではなかった。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた三人は、寮へ戻っていた。
場所は、ルイと優斗が暮らす部屋。
リビングのテーブルを囲み、三人で紅茶を飲む。
「まあでもさ」
マリがカップを置く。
「優斗のことは、そんなに気にしなくていいと思うよ」
「……うん」
「自分のことは自分で何とかする! それに――」
マリは笑う。
「なんとなくだけど、優斗なら何とかしそうな気がするし!」
「確かに」
アンナも静かに頷く。
「入学式で、大勢の前であれだけのことをした人ですからね」
「あはは……」
ルイも苦笑する。
優斗がアレンたちの前に立ちはだかった時のことを思い出す。
怖くなかったはずがない。
それでも、優斗は自分を助けてくれた。
そして、サーバントとして一緒に歩むことを選んでくれた。
「ありがとう、二人とも」
ルイは紅茶へ目を落とす。
「そうだよね。あくまで今の測定結果だもんね」
少しずつ、声に明るさが戻ってくる。
「これから二人で頑張っていけば――」
「違うよ!」
「え?」
マリが笑顔でルイを指差した。
「二人じゃなくて――みんなで頑張るの!」
「…………」
「ルイと優斗だけじゃないよ。私もいるし、アンナもいる!」
「勝手に巻き込まないでください」
「えぇ!?」
「……とは言っていません」
「どっちなの!?」
ルイが思わず吹き出した。
「あははっ!」
そして――。
「うん!」
力強く頷く。
「みんなで頑張ろう!」
「そうそう!」
「そうですね」
アンナも小さく頷いた。
ルイは二人の顔を見つめる。
自分が落ちこぼれと呼ばれるようになってからも、変わらずそばにいてくれた友人たち。
優斗が来てくれたことで、もう一度前を向こうと思えた。
でも、それだけではなかったのだ。
(……私、一人じゃないんだ)
胸の奥に残っていた不安が、少しだけ和らぐ。
もちろん、明日になればまた怖くなるかもしれない。
能力測定の日が来れば、今日と同じように落ち込んでしまうかもしれない。
それでも――。
今は、もう一度頑張ってみたいと思えた。
その時、アンナがふと部屋の扉へ視線を向けた。
「ところで」
「ん?」
「『みんなで頑張る』という話をしている最中に、廊下で聞き耳を立てている変態サーバントは誰でしょうね?」
「え?」
ルイとマリが同時に扉を見る。
数秒の沈黙。
――ガチャ。
ゆっくりと扉が開いた。
「聞き耳なんて立ててねえよ!」
優斗が顔を覗かせる。
「今戻ってきたところなんだけど、話してる途中だったから、入るのは野暮かなって思って待ってただけだよ!」
「そうですか」
アンナは無表情のまま頷く。
「扉の前で足音が止まったので、てっきり盗み聞きかと」
「分かってて言ってるだろ、お前!」
「うわぁ~」
マリが身体を引く。
「女の子の話を盗み聞きなんて、趣味悪ーい!」
「だから違うって!」
「…………エッチ」
ルイが頬を赤くしながら呟く。
「なんでそうなるんだよ!」
優斗は頭を抱える。
「はぁ……」
諦めたように息を吐き、リビングへ入った。
「……まあ、最後の方を黙って聞いてたのは悪かったよ」
三人を見る。
「でも、俺も同じ気持ちだ」
「え?」
「みんなで頑張ろうぜ」
優斗は少し照れくさそうに笑う。
「なんとなくだけど……お前たちといれば、何とかなる気がする」
「優斗……」
ルイの胸が、じんわりと温かくなる。
けれど同時に、講堂で見た優斗の表情が脳裏をよぎった。
(……本当に、大丈夫なのかな)
今、目の前にいる優斗は笑っている。
それが無理をした笑顔なのかどうか、まだルイには分からない。
だからこそ、これ以上自分が不安そうな顔をしてはいけない気がした。
「……うん!」
ルイは笑顔で頷いた。
「一緒に頑張ろうね!」
「おう」
「おぉ~!」
マリが嬉しそうに両手を合わせる。
「嬉しいこと言ってくれますなぁ~!」
「そうですね」
アンナが立ち上がる。
「出涸らしの紅茶でも飲みますか?」
「わざわざ出涸らしって言わなくていいよ……」
「嫌なら結構です」
「飲むよ! 残ってるなら頂くよ!」
アンナは無言で優斗のカップへ紅茶を注ぐ。
優斗は一口飲んで、顔をしかめた。
「……本当に薄いな」
「出涸らしなので」
「だから分かってるよ!」




