新しい居場所(後編)
昼食を終えると、約束通り学園内を案内してもらった。
視聴覚室。
魔法練習場。
様々な部活動が使用する部室棟。
さらには、生徒同士で実際に模擬戦を行える専用施設まである。
それも一つではなく、各学年が十分に利用できるほどの設備が整えられていた。
(この学校……マジですげえな)
元の世界の学校と比べる方が間違っているのかもしれない。
優斗は巨大な模擬戦施設を見上げながら、ふと疑問を口にした。
「そういえばさ」
「ん?」
「この模擬戦施設って、授業以外で使うことあるの?」
「ああ、それね!」
ルーナが振り返る。
「この学園では、年に二回、校内魔法バトルランキング戦が行われるの」
「ランキング戦?」
「うん。六月から七月と、二月から三月にかけてね。希望者だけが参加するエントリー制だよ」
「へえ……」
優斗の目が少し輝く。
「そんなのあるのか。個人戦?」
「ううん」
ルーナは首を横に振った。
「主人とサーバントの二人一組で戦うの」
「二人一組……」
優斗の脳裏に、自然とルイの姿が浮かぶ。
「ちなみに、学園全体の大会だからね。中等部も高等部も、大学部の人たちだって参加するんだよ」
「大学部まで!?」
「そう。だから、かなりレベルの高い大会なの」
「そりゃそうだろうな……」
年齢も経験も違う生徒たちが、同じ舞台で戦う。
昨日まで魔法の存在すら知らなかった優斗には、想像もつかない世界だった。
「それでね」
ルーナが続ける。
「ランキング戦で上位七組に入ると、特別な称号が与えられるの」
「称号?」
「NO.7――エヌオーセブン」
「……なんだそれ?」
「ランキング上位七組をまとめて『NO.7』って呼ぶの。その中でも第一位から第七位まで序列があるんだよ」
「なるほどな」
すると、近くにいたクラスメイトが得意げに口を挟んだ。
「その名前には、ちゃんと由来があるんだぜ!」
「由来?」
「さっき話した、昔の悪魔との戦争だよ」
「アーノルド=クリスファーの?」
「そうそう」
クラスメイトは大きく頷いた。
「当時の国王には、アーノルド=クリスファーっていう親友がいたんだ。そのアーノルドが、国王と共に悪魔の侵攻から国を救ったって伝わってる」
「へえ……国王の親友だったのか」
「それで、その戦争では国王を支えた七人の家臣たちも活躍したんだ」
優斗は黙って話を聞く。
「その七人に倣って、学園のランキング上位七組へ『NO.7』の称号を与えるようになったんだよ」
「なるほどな……」
かつて国を守った者たちの存在が、今も学園の制度に受け継がれているということらしい。
「そして!」
別の生徒が、勢いよくルーナを指差した。
「このルーナ様は、現NO.7序列第五位ですぞ!」
「ちょっと!」
ルーナの顔が赤くなる。
「やめてよ! 照れるじゃない!」
「…………」
優斗は目を丸くした。
(……嘘だろ)
今朝からずっと明るく騒いでいた少女を、まじまじと見つめる。
(この子、そんなに強かったのか……?)
しかも、相手は中等部の生徒だけではない。
高等部も大学部も参加する大会で、第五位。
「すげえな……」
「ま、まあね!」
ルーナは照れながらも、少し得意げに胸を張った。
「ちなみに、ルミナ姉さんは第二位」
「二位!?」
「で、ハヤト兄さんが第一位」
「一位!?」
優斗は思わず声を張り上げた。
「なんだその兄妹! 天才兄妹かよ!」
「あはは……よく言われる」
「いや、そりゃ言われるだろ……」
優斗は呆れたように笑い――ふと、考え込んだ。
「…………待てよ」
ルミナが二位。
ルーナが五位。
そして、ハヤトが一位。
なら――。
(ルイにも……)
昨日、学園内で見かけた数々の賞状やトロフィー。
かつてのルイが、どれほど優秀だったのかを示すものだった。
落ちこぼれと呼ばれる今の姿だけでは、説明のつかない実績。
「……なるほどな」
優斗の口元が、少しだけ上がった。
「いいこと聞いた」
「え?」
「いや、なんでもない」
ルーナはそんな優斗を見て、何かを察したようだった。
「誰でもエントリーできるけど……」
少しだけ声の調子を落とす。
「もしかしたら、ルイはランキング戦じゃなくて、学術研究発表の方に出るかもしれないよ」
「学術研究発表?」
「うん。研究成果を発表する学園行事。あの子、そういうのも好きだから」
「へえ……」
「両方にエントリーすることもできるけど、準備も必要だし。さすがに両方は大変かもしれないね」
「そっか……」
優斗は少し考える。
自分は今、この世界に来たばかりだ。
ルイが本当は何をしたいのかも、まだほとんど知らない。
ランキング戦に出るのか。
研究発表に挑戦するのか。
それとも、別の目標を見つけるのか。
どれを選ぶにしても、まずはルイの気持ちを聞かなければ始まらない。
「まあ、エントリー期限まで時間あるんだろ?」
「うん」
「なら、焦らず考えるよ」
「そうね」
ルーナは笑った。
「応援してるわよ」
「ああ」
優斗はもう一度、模擬戦施設を振り返る。
ランキング戦。
主人とサーバントが、二人一組で挑む戦い。
まだ自分たちがそこへ立つ姿なんて、想像もできない。
けれど――。
なぜか、その言葉だけが妙に頭へ残った。
◇ ◇ ◇
「さて!」
校内を一通り回り終えた頃、ルーナが両手を叩いた。
「大体回り終わったかな! どこか案内し忘れてるところある?」
「ないと思うよー!」
「もしあっても、その時聞いてくれたら連れてくし!」
「よし!」
ルーナが頷く。
「じゃあ、みんなで寮に帰ろうか!」
「はーい!」
大勢で学園を後にする。
寮までの道でも、優斗への質問は尽きなかった。
「優斗の世界って、魔法ないんだろ?」
「ああ。少なくとも、俺は見たことないな」
「じゃあ、どうやって火をつけるの?」
「コンロとかライターとか……まあ、道具を使うんだよ」
「コンロ?」
「ライター?」
「……そこから説明しなきゃダメか」
「じゃあ、遠くまで移動する時は?」
「車とか電車とか、飛行機もあるな」
「飛行機?」
「空を飛ぶ乗り物だよ」
「えっ!? 魔法なしで空を飛べるの!?」
「そうだけど……」
「じゃあ優斗も飛べるの!?」
「飛べねえよ!」
「なんだ、飛べないのか……」
「なんで俺が残念な奴みたいになってんだよ!」
クラスメイトたちが笑い出す。
優斗もつられて笑った。
不思議だった。
朝。
教室へ入ることすら怖かった。
知らない人間から向けられる視線に、身体が強張った。
なのに今は――。
その輪の中で、普通に笑っている。
昨日まで、名前すら知らなかった相手なのに。
(……変な感じだな)
でも、不思議と嫌ではなかった。
◇ ◇ ◇
寮へ到着すると、クラスメイトたちはそれぞれ自分の部屋へ戻ろうとする。
「あっ、ちょっと待って」
優斗が声をかける。
「ん?」
「どうした?」
みんなが振り返った。
優斗は一瞬だけ迷い――頭を下げた。
「今日は、本当にありがとう」
「……ん? どうした、急に」
「正直、朝はめちゃくちゃ不安だったんだ」
優斗は小さく笑った。
「知らない世界で、知らない学校に通うことになって……また、うまくやれるのかなって」
教室へ入る前、扉の向こうから聞こえてきた声。
知らない人間ばかりの場所へ足を踏み入れる怖さ。
あの時は、ここで普通に笑っている自分なんて、想像もできなかった。
「でも、今日みんなと過ごして、思ったんだ」
優斗は一人ひとりの顔を見た。
「……ここなら、やっていけそうだって」
「…………」
「だから、これからよろしくな!」
もう一度、頭を下げる。
一瞬の静寂。
そして――。
「もちろんだよ!」
「こっちこそよろしく!」
「また一緒に飯食おうぜ!」
「明日も色々教えてあげる!」
「今度は優斗の世界の話、聞かせてね!」
「……ああ!」
優斗は笑って頷いた。
クラスメイトたちは手を振りながら、それぞれの部屋へ帰っていく。
最後に残ったルーナへ、優斗は声をかけた。
「ルーナ」
「ん?」
「これからよろしくな」
「もちろん!」
ルーナは明るく笑う。
「それと――ルイのことで何かあったら、いつでも相談して」
「ああ」
「……昨日は、ルイを助けてくれてありがとう」
「……別に、礼を言われることじゃないよ」
「ううん」
ルーナは首を横に振った。
「あの子のために、あそこまでしてくれる人って、なかなかいないから」
その声は、いつもの賑やかな調子とは少し違っていた。
「だから、優斗のことは頼りにしてるよ」
「……そりゃどうも」
優斗は照れくさそうに頬を掻いた。
「じゃあ、また明日ね!」
「おう。また明日」
ルーナも自分の部屋へ向かっていく。
一人になった優斗は、廊下で小さく息を吐いた。
「…………」
朝。
制服へ袖を通した時は、あれほど不安だった。
また学校へ行く。
また教室へ入る。
また誰かと一緒に過ごす。
自分にできるのか分からなかった。
けれど――。
「……いいクラスでよかったな」
ぽつりと呟く。
異世界に来て、まだ二日目。
分からないことだらけで。
魔法だって、まともに使えない。
それでも。
ここなら――。
もう一度、学校生活を始められるかもしれない。
優斗は少しだけ軽くなった足取りで、ルイの待つ部屋へと戻っていった。




