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英雄騎士物語 ―落ちこぼれ王女と魔法を使えない少年―  作者: kyuto
第2話 学園生活の始まり

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異世界で迎える最初の夜(後編)

 二人は部屋を出ると、食堂へ向かいながら寮内を歩いた。


「しっかり生徒分の部屋が用意されてるんだな」


「うん。学年ごとに各階で暮らしているんだよ。中等部以上の部屋は、サーバントと暮らすために二人用になってるの」


「二階が初等部だけの階ってことか。スペース足りるのか?」


「空間拡張魔法にも限度があるけど、中等部から入学する子が多くて、初等部は大体各学年三十人くらいなんだよ。初等部から寮生活する子は少ないし」


「まあ、親としては初めは家から通ってもらう方が安心するよな」


「だよね~。私たち兄妹はいきなり寮に入れられたけどね」


「王族なのに容赦ねえな……」


「あはは……。――あっ、着いたよ! ここが食堂!」


 ルイが両手を広げる。


「うお……」


 優斗は思わず声を漏らした。


 食堂は想像以上に広く、一度に大勢の寮生が食事をしても余裕がありそうだった。


 いくつもの店が並び、中央には無数のテーブルと椅子。


 その光景に、優斗は見覚えのある場所を思い浮かべた。


(……ショッピングモールのフードコートみたいだな)


「すごいでしょ! 食べたいメニューのあるところに行って、注文して受け取るだけだよ。朝は六時から八時半、夜は十八時から二十一時半まで開いてるよ!」


(……システムまでフードコートそのまんまじゃねえか)


 優斗はずらりと並んだ料理を眺めた。


「なあ、お前のおすすめはなんだ? それを一緒に食べよう」


「いいの?」


 ルイの瞳が輝く。


「やった! 今日だったら、このビーフシチューのセットがおすすめだよ! お肉がすっごく美味しいの!」


「了解。じゃあそれにしよう」


 二人はビーフシチューのセットを注文し、空いていた二人用のテーブルへ向かい合って座った。


「「いただきます!」」


 優斗はさっそくスプーンでシチューをすくい、一口頬張る。


「っ! うまっ!」


 思わず声が出た。


「なんだこれ! 寮の飯のクオリティじゃないぞ!」


「でしょう!」


 ルイも嬉しそうに笑う。


「お肉がトロトロですごく美味しいんだよ~」


 どうやら本当にお気に入りらしい。


 幸せそうに頬張る姿を見ていると、優斗まで少しだけ気持ちが軽くなる。


 しばらく二人で食事を楽しんでいたが、不意にルイがスプーンを止めた。


「あっ、そうだ! 妹がいるって話!」


「そういえば、するって言ってたな」


 優斗もスプーンを置く。


「俺にも、お前と同じ年の妹がいるんだ」


「同い年なんだ!」


「……まあ、妹だと思ってた、って言う方が正しいかな」


「……え?」


 ルイが不思議そうに首を傾げる。


 そこまで言って、優斗は口をつぐんだ。


(……何言ってんだ、俺)


 今日会ったばかりの相手に、こんな話をする必要があるのだろうか。


 今まで誰にも話せなかったことだ。


 それを、どうして今になって話そうとしているのか。


 優斗は目の前のルイを見る。


 ルイは何も聞き返さず、ただ静かに続きを待っていた。


 その様子を見て、優斗は小さく息を吐く。


(……まあ、こいつになら、話してもいいか)


「……実はさ」


 優斗はゆっくりと口を開いた。


「物心つく前に、両親が交通事故で死んだらしくてさ。俺は父さんの弟――つまり叔父さんの家で育てられたんだよ」


 口に出してみると、胸の奥がわずかにざわつく。


「俺はそんなこと全然知らなかった。叔父さんも叔母さんも、本当の父さんと母さんだと思ってたし、その娘も本当の妹だと思ってた」


 優斗は一度言葉を切った。


 食堂の賑やかな声が、急に遠くなったように感じる。


「だけど去年、連休中に親戚が集まった時に……夜遅く、叔父さんたちが俺にいつ本当のことを伝えるのか話してるのを聞いちゃったんだ」


「……」


 ルイは何も言わなかった。


 ただ、優斗の言葉を一つも聞き逃すまいとするように、静かに耳を傾けている。


「それで……なんだろうな」


 優斗は自嘲するように笑った。


「そんな大事なことすら伝えてくれない人たちに育てられたのかって思ったら、全部嘘だったみたいに感じてさ。裏切られたような気がして、塞ぎ込んだ」


 あの日から、家の中に居場所がなくなった。


 いや――自分から、なくした。


「その時から叔父さんたちとも口を聞かなくなって……事情を何も知らない妹――本当はいとこなんだけど、あいつにも同じように接してしまった」


「……」


 ルイが俯く。


「結って言うんだけどさ」


 その名前を口にすると、記憶の中に一人の少女の姿が浮かんだ。


「なんか、あいつ、お前に似てる気がするんだよな」


「私に?」


「ああ。喜怒哀楽がすぐ顔に出て、明るくて。小さい頃から、いつも俺の後ろをついて来てた」


 そこまで話して、優斗は少しだけ視線を落とす。


「……そんな感じだよ」


「そう、だったんだ……」


 ルイはしばらく迷った末、小さく呟いた。


「なんか……ごめんね」


「全然」


 優斗はすぐに答えた。


「いつかは話すことだと思うし。それにまあ……あのまま過ごしてても気まずいだけだったから、お前に呼び出されてよかったよ」


 そう言って笑う。


 けれど、自分でも分かっていた。


 きっと今の笑顔は、上手く作れていない。


「……優斗は」


 ルイが、おずおずと口を開く。


「元の世界に帰りたい?」


「…………」


 優斗は少しだけ考えた。


「うーん。今は、あんまり思わないかな」


「そうなの?」


「まだ一日も経ってないしな。そもそも実感が湧いてないっていう方が近い」


「そっか……」


 ルイの表情がわずかに曇る。


「なんか、ごめんね」


「だから、もう謝らなくていいって。俺だって、自分でここに残るって決めたんだから」


 優斗は苦笑する。


「こっちこそごめん。せっかく美味い飯食ってんのに、飯が不味くなるような話して」


「そんなことないよ!」


「じゃあ今度は、お前の家族の話をしてくれよ」


「う、うん!」


 ルイは少しだけ姿勢を正した。


「さっきも話したけど、私のお父さんはこの国の国王なの」


「改めて聞くとすげえ話だな」


「でも、そんな威厳は感じられないんだけどね」


「お前、それ本人の前で言うなよ?」


「あはは……。それで、お母さんがいて、四つ上にお兄ちゃん、三つ上と一つ上にお姉ちゃんがいるんだよ」


「兄一人に姉二人か」


「うん」


「王族となると、色々大変そうだな」


 優斗は先ほど見たトロフィーや賞状を思い出す。


「期待に応えないといけないし、できなかったら色々言われるだろ。その中でずっと暮らしてんだから、お前すげえよ」


「……ありがとう」


 ルイは少し照れたように笑った。


「色々と大変だけど……でも、そんなの関係なく接してくれるマリちゃんとかアンナちゃんもいるから。何とか頑張れてる感じ、かな」


「そっか」


 優斗は頷いた。


 自分にはもう、家族を信じることができなくなった。


 けれどルイには、彼女を支えてくれる人たちがいる。


 なら――。


「今度は、お前が自分に自信持てるように一緒に頑張らないとな」


「――っ!」


 ルイが目を見開く。


 そしてすぐに、花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。


「うん!」


「…………」


「……なに?」


「いや」


 優斗はルイの口元を指差した。


「お前、口についてるぞ」


「えっ!? どこ!?」


「反対。そっちじゃない」


「こっち!?」


「だから反対だって!」


「どこぉ!?」


 先ほどまでの重い空気が嘘のように、二人の間に笑い声が戻っていた。


     ◇ ◇ ◇


「はぁー! 美味しかった!」


「かなり美味かったな。毎日の食事が楽しみだ!」


 満足そうに腹をさする優斗を見て、ルイが嬉しそうに笑う。


「よかった! じゃあ次は、大浴場行こうか!」


「大浴場もあんのかよ……」


 優斗は天井を仰いだ。


「もう驚くの疲れてきたぞ……」


「あはは! 部屋にもシャワーと湯船はあるけど、大体夜はみんな大浴場を使うよ。着替えを取りに戻ったら行こう!」


「おう!」


 二人は一度部屋へ戻り、着替えを用意した。


 優斗はそのついでに部屋着へ着替え、リビングのソファーへ腰を下ろしてルイの準備を待つ。


 しばらくすると、廊下から足音が聞こえてきた。


「お待たせー!」


 ルイはまだ制服姿のまま、着替えを詰めたバッグを手にしている。


「じゃあ行くか」


「うん!」


 二人は一階の大浴場へ向かった。


「大浴場は二つあって、一階のは二階から五階の寮生、八階にもあるんだけど、そっちは六階以上の寮生が使うことになってるの」


「へぇー。じゃあ意外とゆっくり入れそうだな」


「朝は六時から十時、夕方は十五時から二十四時まで使えるから、みんな自由に入ってる感じだね」


 やがてルイが立ち止まった。


「――ここが大浴場だよ! じゃあ、また後でね!」


「おう」


 ルイは手を振ると、そのまま女湯へ消えていった。


 一人残された優斗は、小さく息を吐く。


「なんか……やっと一人の時間だな……」


 異世界に召喚されてから、ずっと誰かと一緒だった。


 優斗も暖簾をくぐり、男湯へ入る。


(まあ、ここまで来て予想はしてたが……)


 浴場を見渡す。


(広いな……)


 何十人も入れそうな巨大な湯船。


 壁際には何台ものシャワーが並んでいる。


 見慣れない世界の中で、日本とそれほど変わらない浴場の造りに、優斗は妙な安心感を覚えた。


(こういうところが変わんないのはありがたいな……)


 慣れた手つきで髪と身体を洗い、湯船へ身体を沈める。


「ふわぁ……気持ちいい……」


 思わず声が漏れた。


 温かい湯が、疲れ切った身体に染み渡っていく。


(色々あったから染みる……)


 優斗は湯船の縁に頭を預けた。


(目まぐるしい一日だったな……)


 朝までは、いつもと変わらない世界にいた。


 それが今は、魔法が存在する異世界の学園寮で風呂に入っている。


 冷静に考えれば、何一つ理解が追いついていない。


「…………」


 ふと、湯の中から左手を持ち上げる。


 そこには、ルイと結んだサーバント契約の印が刻まれていた。


 湯気の向こうで、その印をじっと見つめる。


(ルイ=アルベルト=フローレス、か……)


 今日出会ったばかりの少女。


 最初は、勝手に自分を異世界へ召喚した相手でしかなかった。


 けれど今では、自分の召喚者であり――これから同じ部屋で暮らし、同じ学園へ通うパートナーでもある。


(……これから、どうなるんだろうな)


 答えは出ない。


 それでも、不思議と朝まで感じていた息苦しさは、ほんの少しだけ薄れている気がした。


 優斗は目を閉じると、しばらく湯船の温かさに身を委ねた。


     ◇ ◇ ◇


 風呂から上がって部屋へ戻ると、ルイはまだ帰ってきていなかった。


 優斗はリビングのソファーへ腰を下ろす。


「…………」


 誰もいない部屋。


 自分の家でもない。


 かといってホテルでもない。


 今日から、ここが自分の生活する場所になるらしい。


「お、落ち着かない……」


 何となく辺りを見回していると、ふとあることに気づいた。


「そういえば……トイレとかってどこだ?」


 優斗は立ち上がり、廊下へ出る。


 廊下の左右には四枚の扉がある。


「どれだ……?」


 部屋を案内された時、ルイの寝室がどこかは聞いていた。


 だが、残りの扉については何も教わっていない。


「……確か、こっちじゃなかったよな?」


 優斗は少し悩んだ末、一つの扉の前へ立つ。


「ここか?」


 そう呟き、ドアノブへ手を伸ばした――その瞬間。


「……優斗?」


 背後から、冷たい声が聞こえた。


「…………」


 優斗の動きが止まる。


 嫌な予感しかしない。


 恐る恐る振り返ると、風呂から戻ってきたルイが立っていた。


 その視線が、ゆっくりと優斗の手元へ向かう。


 そして再び、優斗の顔へ戻った。


「私の部屋の前で……何やってるの?」


「これは……違うんだ!」


「何が違うの?」


「トイレを探してたんだよ!」


「トイレは向こうの扉!」


 ルイが勢いよく反対側を指差す。


「ここは、わ、私の部屋だよ! 変態!」


「違うって! 落ち着け! 信じてくれ!」


「さっきノックしてって言ったばっかりなのに!」


「だからお前の部屋だと思ってなかったんだって!」


「じゃあなんで開けようとしてたの!?」


「トイレだと思ったからだよ!!」


 ――それからしばらく。


 廊下で繰り広げられた必死の弁明の末、優斗はなんとか誤解を解くことに成功した。


     ◇ ◇ ◇


 ようやく本来の目的を果たし、リビングへ戻る。


 するとルイは、すでに部屋着へ着替えてソファーに座っていた。


「…………」


 優斗は思わず足を止める。


 昼間の制服姿とは違う、柔らかな雰囲気の部屋着。


 髪もどこか普段より無造作で、急に「同年代の女の子と一緒に暮らしている」という事実を突きつけられた気がした。


(……なんか、雰囲気違うな……)


「ん? どうしたの?」


「あ、いや、なんでもない」


 優斗は誤魔化すように視線を逸らし、少し離れた場所へ腰を下ろした。


「ところでさ。明日はなんかレクリエーションがあるんだよな? 何するんだ?」


「簡単に学園の説明をした後に、サーバントの能力測定があるよ!」


「能力測定?」


 優斗は首を傾げる。


「身長とか体重とか測るのか?」


「それもあるかもしれないけど、召喚したサーバントの魔力量とか、どういう魔法が得意なのかを測るんだよ」


「へぇ……」


 優斗は自分の掌を見つめる。


 魔法。


 未だに、その言葉には現実味がない。


 だがもし本当に自分にも使えるのなら――。


「確かに、自分がどういう能力を持ってるかは興味あるな」


「だよね! 年に一回、どれくらい成長してるのかを見るために、全員測るんだよ」


「まんま身体測定だな」


 そこで優斗は、ふと気になった。


「ルイは去年どうだったんだ?」


「え?」


 ルイの笑顔が固まった。


「あー……」


 視線が泳ぐ。


「忘れちゃった。あはははは……」


「…………」


 分かりやすい。


(あんまり期待してた測定値じゃなかったんだな……)


 けれど、それ以上追及する必要もない。


「まあ、去年は去年だ」


「え?」


「たとえ今年も値が変わってなくても、状況が全然違うだろ」


 優斗は軽く笑う。


「安心して臨もうぜ」


「……うん!」


 ルイも笑顔で頷いた。


「じゃあ、そろそろ寝よっか!」


「そうだな。おやすみ!」


 二人は立ち上がり、それぞれの部屋へ戻ろうとする。


 その時だった。


「優斗」


「ん?」


 呼び止められ、振り返る。


 ルイがそこに立っていた。


 少し照れくさそうに、それでもまっすぐ優斗を見つめている。


「改めて……これからよろしくね、優斗」


 そう言って、右手を差し出した。


「…………」


 優斗はその手を見つめる。


 思い出したのは、今日の昼間。


 召喚されたばかりの自分へ、ルイが差し伸べてくれた手だった。


 あの時は――取ることができなかった。


 何も分からなかった。


 目の前の少女を信用することもできなかった。


 けれど今は。


 優斗は迷うことなく、自分の右手を伸ばした。


「ああ。こちらこそ、よろしくな」


 小さな手を握る。


 召喚された時には、取ることのできなかった手。


 それを今は、自分の意志で握っている。


「えへへ……」


 ルイが嬉しそうに笑った。


 二人は手を離すと、それぞれの部屋へ戻っていった。


 こうして、異世界で過ごす優斗の最初の夜は静かに更けていく。


 そして翌日。


 優斗はまだ知らない。


 この世界で初めて受ける『能力測定』が――。


 自分自身の異質さを知る、最初のきっかけになることを。

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