予知されざるヒットチャート(1)
「中止ですって⁉︎」
ひかるの驚く声が会議室に響いた。
今週の定例会議もまた荒れ模様だ…。
コウは暗い気持ちになり、小さくため息をついた。
「えぇ。ダンスボーカルグループのオーディションに向けて、色々と準備を進めて来たのですが、改めてうちの事務所にはそのリソースが不足している…という結論に至りました」
アキトは、目を丸くしてるひかるに対して、事もなげに言葉を返した。
「そんな事、とっくにわかってたことじゃない…?」
「はい、今回準備していたダンスボーカルグループはメンバー5人を想定していましたが、改めてそれに伴うダンス講師などの育成費用、プロモーション費を試算してみたところ、リクープがなかなか難しいことが見えてきて、今回は断念することにしました」
「断念…って、早すぎる気もするけど…」
「はい。でも、意思決定が早いのがうちの販促部の良いところです。ダンスボーカルグループに変わる代替案もしっかりと用意してますよ」
アキトの目配せで、傍らに座っているショウがPCの資料を壁のモニターに映し出し、「人気インフルエンサーによる昭和歌謡リリースプロジェクト」というタイトル字が、一同の目に飛び込んで来た。
「なんじゃこりゃ?」
ひかるが間の抜けた声を投げたが、アキトは相変わらず意に介することなく説明を続けた。
「昨今のチャート上位曲の大半が、TikTokやSNSでのバズり動画から生まれていることは周知の通りです。国内の人気アイドルグループやK~POPの楽曲もライブ動画やMVが拡散することによって、若い世代の認知が高まり、大きなヒットにつながります」
ショウが最近の原色★歌謡曲図鑑のチャート上位曲とその曲のSNSでのプロモ動画の再生数の一覧を映し出す。
「一方で、若い世代の間で昨今、昭和歌謡の人気の再燃というブームが、地味ながら起こっています。最近では、長年休業していた昭和の歌姫が復活したり、80年代のユーロビートのヒット曲がリバイバルヒットしたりという動きもあり、古い昭和のヒット曲のYouTube動画再生回数が軒並み急上昇しています」
モニターの資料が、それらを裏付ける資料に切り替わる。
「長年、歌謡曲を専門にしていたうちの事務所が、これらのムーブメントの恩恵をあまり受けていないのは、なかなか嘆かわしいことだと思いませんか?」
「たしかにうちの所属歌手の稼働にはつながってないけど…、昭和歌謡ブームで父の楽曲の印税収入はまぁまぁ増えてるわよ」
アキトの問いかけに、ひかるが悔しそうにつぶやく。
そこで、若者たちのSNSや動画視聴の嗜好に大きな影響力を持つフリーの人気インフルエンサーと単発のマネジメント契約を結び、かつて太平が書いた歌謡曲のヒット曲のカバーを配信リリースする…というのが、アキトの提案する「人気インフルエンサーによる昭和歌謡リリースプロジェクト」の趣旨だった。
「既に対象となるインフルエンサーは人選してあります」
モニターには三人のインフルエンサーの名前が掲げられていた。
フェイフェイ
W・MasaZ
美華麗菜
「フェイフェイは台湾スイーツ、W・MasaZは双子の食レポ、美華麗菜は韓国コスメの人気インフルエンサーで、それぞれSNSのフォローワー20万人以上を誇る影響力を持っています」
ショウの説明をアキトが継ぐ。
「いわゆる音楽とは異なる分野で人気のインフルエンサーたちが昭和歌謡を歌う…。その意外性がインパクトありますし、彼らのファンの若者層にも昭和歌謡に親しんだ中高年層にも幅広く希求する好企画だと思います」
「そんなに上手くいくかしら…」
どこまでも懐疑的なひかるだったが、今回のアキトからの提案は、先週のK~POP路線への転換案よりははるかに受け入れやすいものだった。
この日の定例会議は、アキトの企画をそのまま進めることをひかるが了承して、大荒れになる事なく終了した。
「アキトさん、あんなにやりたがってたグループアイドルの案、やけにあっさりと取り下げましたね」
会議後、コウは先ほどから気になっていた疑問をひかるにぶつけた。
「そうね。あまりにあっさり引き下げたので、私も驚いたけど、たしかにグループアイドルって大掛かりなプロジェクトだし、大勢の男子や女子を統率してまとめ上げる力量があのアキトにあるとも思えない。早目にそれに気づいてくれてよかったのかもね」
ひかるの見解は腑に落ちるもので、コウはそのまま押し黙った。
「それよりも、私たちが何とかしなきゃならないのは、あの坂口シンのことよね」
ひかるが話題を変える。
コウはここのところ、元気がないシンの俯いた横顔を思い浮かべた。
取り急ぎ、研修生としてうちの事務所が身柄を預かったシンだが、依然として身元が判然としないのだ。
シンが実家だと述べる田舎の住所にはすでに住人がおらず、東京でシンを知る友人や縁故の人もいなかった。
「まぁ、40年前からタイムワープして来たとなると、現代では天涯孤独みたいなものですよね」
コウは、デスクの上のPCを片付けながら、少し暗い気持ちになり、つぶやいた。
ひかるはそんなコウの肩を鼓舞するように軽く叩いた。
「それで…私も色々考えたんだけど、私はシンをまたうちの事務所の歌手に戻してあげたいと思っているの」
「戻すって…」
「シンの背負ってる境遇をそのままイメージとして使って、昭和から来た新人歌手としてうちの事務所から売り出すのよ!」
「えぇ〜…!!」
想像の斜めをいくひかるからの提案に、コウはそのまま立ち尽くすしかなかった。




