予期されざるヒットチャート〔2}
「今週の第8位!フェイフェイさんのセンチメンタル・チャイナタウン!」
その夜、オフィスのテレビの前で、コウとひかるは、狐に摘まれたような顔で、原色★歌謡曲図鑑を見ていた。
「本当にランクインしたのね…」
「たしかに…してますね…」
アキトが目論んだ「インフルエンサーによる昭和歌謡プロジェクト」は、まんまと当たり、テレビの画面の中では、真っ赤なチャイナドレスを着たフェイフェイが、司会者からインタビューを受けている。
「アタシの名前はフェイフェイ。台湾からキタヨ。よろしくオネッガイシマス!」
フェイフェイが独特のイントネーション全開で愛嬌たっぷりに挨拶すると、司会者は彼女がSNSで展開している台湾フルーツに話題を展開していく。
「イマノ季節のオススメは、やっぱり豆花ダヨ。豆乳から作った豆腐がふるふる食感でマッチグーだヨ」
SNSでは、フェイフェイのこの奇妙な言葉遣いの食レポがバズっており、若者の間では、フェイフェイ語として彼女のカタコト日本語の真似が流行っているのだ。
アキトは、フェイフェイに「センチメンタル・チャイナタウン」というオリエンタル歌謡を歌わせて、彼女自身のSNSの中で食リポのBGMとして使用させた。
すると、フェイフェイのフォローワーたちがそれぞれのSNSでこの曲を頻繁に使うようになっていった。
さらにしばらくすると、今度はテレビの中華料理や台湾料理の食レポの番組が、それを真似てBGMとして使用するようになり、「センチメンタル・チャイナタウン」は次第にチャートの上位へと昇って行ったのだ。
「琥珀の橋の向こうに 日暮れの港が見える♪」
SNSでの奇抜なキャラクターとは異なり、画面の中でせつない歌謡曲を歌うフェイフェイは、元来の美貌が際立ち、可憐なチャイナガールとして存在している。
この曲は、訳あって自分の元を去った恋人との思い出の詰まった中国各地の街を一人訪ねて歩く、中国少女の感傷旅行をテーマにしたミディアムパラードだった。
太平がかつてやはり台湾出身の女性歌手に書いたこの曲は、涼やかなフェイフェイの声質ともよく合っており、聴く者に不思議な聴き心地を与える中華歌謡に仕上がっていた。
「アキトは、上手くやったわねー」
テレビの画面を見ながら、ひかるが感に耐えないような声でつぶやく。
「でも…太平先生の名曲が、令和の世の中でしっかりアップデートされてますし、フェイフェイさんの奇抜なキャラがなくても、ラジオから流れてきた時に、ふと耳を留めたくなる良質な歌謡曲になり得ていますよ…」
コウは、かなり強引なところがあるが、アキトの販促マネージャーとしての手腕については、やはり認めざるを得ないものがあると感じていた。
「たしかにそうね…。まぐれ当たりだとしても、父の残した楽曲を今の世の中に再び送り出してくれたんだから、少なくとも得体の知れないダンスグループ企画よりは全然マシだわ。ヤツの企画には、ちゃんと感謝しなきゃ…ね」
ひかるも、それに同意した。
ところが…。
アキトが放った「インフルエンサーの昭和歌謡企画」によるヒットの勢いは、それに留まらなかった。
第二弾のW・MasaZの「僕たちのランナウェイ」が第7位、第三弾の美華麗菜の「くちびるは嘘のはじまり」が第9位…と、それぞれ原色★歌謡曲図鑑のトップ10にランクインしたのだ。
「僕たちのランナウェイ」は、双子であるW・MasaZのコミカルなキャラを活かしたアップテンポの楽しいデートソング。
「くちびるは嘘のはじまり」は、韓国コスメのインフルエンサーである美華麗菜の妖艶なイメージを活かした揺蕩うような妖しげなバラードだった。
話題の人気インフルエンサーに次々と声をかけ、適材適所な歌謡曲を歌わせ、連続ヒットを作り出していったアキトの手腕はいよいよ本物だ…。
だが、ひかるはアキトの戦略を現実のものにした筒井太平の残した楽曲たちの多彩さにもあらためて驚いていた。
フェイフェイのオリエンタル歌謡、MasaZのコミカルソング、美華麗菜の妖艶バラード…。
ありし日の父・太平は、各レコード会社の求めに応じて、変幻自在にこれらの曲を書き分けていたのだ。
ひかるは、スタジオのピアノの前に座り、時には楽しげに、時にはうっとりと、そして、時には苦しげに、メロディを紡ぎ出していた太平の横顔を思い出していた。
それにしても…。
こうなると、自分自身の「坂口シンを昭和から来た新人歌手」として売り出すという企画もぜひ成功させたいところだ。
だが、先日、コウに対して「シンをうちの事務所の新人歌手に戻してあげたい!」と大見栄を切ったものの、ひかるにそのための具体的な施策が何かある訳でもなかった。
シンが40年前からタイムスリップして来た事は、自分とってはもはや信じるに足る事実だが、もし第三者にそれを公表しても、単なる「他人の空似」「40年前に失踪した歌手のそっくりさん」で片付けられてしまう可能性が高かった。
それに、そんな話題性一辺倒な売り出し方を当のシンが喜ばないのではないか…そう
逡巡する気持ちもあり、シンの再デビューについては、ひかるの動きは「言い出しただけ」で止まっていた。
ゴリゴリと思い立った施策をどんどん具現化していくアキトのパワフルさが、ひかるには羨ましかった。
そして、アキトの企画から放たれた三曲のインフルエンサー歌唱のヒット曲は、しばらく原色★歌謡曲図鑑のチャート上位を席巻していったのだった。




