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昭和から来た新人歌手(2)

坂口シン。

ひかるがスタジオのPCでそう検索すると、芸能界の都市伝説や昭和歌謡のサイトのいくつかにシンの名前が残っていた。

「新人歌手坂口シン、人気歌番組生放送中に失踪!」

ネットには、当時の原色★歌謡曲図鑑のシンの出演シーンの録画映像までアップロードされていた。

ランクインした歌手が大地震で歌唱できずに番組中断…という顛末は、日本の歌番組史上でも珍しい出来事で、動画の再生回数は十万を超えていた。

が、シンのその後の足取りを示す情報はネット上には何一つ残っていなかった。


「あの子の顔、見たでしょ、ジャケットの坂口シンそっくりじゃない。その上、歌う声がここまで似てるなんて本人としか言いようがないじゃない」

「だからと言って、この人が坂口シンだと決めるのは無理がありすぎませんか。坂口シンが失踪したのは40年も前のことなんですよ」

「でも、この子が今、身につけている白い衣装はネットの当時映像と完全に同じ物だわ。これって当時のオーダーメイドの衣装でしょ」

「でも、この人が坂口シン本人だとすると、この人は昭和からタイムトリップして来たって事になります。そんなことあり得ますか?」


今目の前にいる青年が坂口シンなのだと、ひかるはこの不可思議な出来事と現実の折り合いをつけようと様々なことを口走ったが、コウはことごとく否定してくる。


そして、当のシンもずっと塞ぎ込んでおり、先ほどからすっかり口数が少なくなっている。


自分が原色★歌謡曲図鑑に出演中に大地震に遭い、ミラーボードの中で気を失い、気がついたら事務所のエントランスで倒れていた…。

シンから聞き出せたのはそれだけだった。


ひかるは、今が令和10年であること、自分が太平の娘であること、現在の筒井歌謡企画の現社長が自分であることを、シンにゆっくりと説明した。


だがシンの心は、ひかるの言葉からもはや「太平の不在」しか情報が引き出せないほど、打ちひしがれてしまっているようだった。


「太平先生がもういないなんて…」


シンは、ようやく顔を上げるとボツボツと言葉を絞り出し始めた。


「さっきの歌は、先生が俺のために書いてくれた曲だったんです。それまでずっと他の歌手の曲に渡すデモテープ用に仮歌入れしてた俺のために、初めて書き下ろしてくれたデビュー曲でした…」

「ちょっと待ってください…」

「はい。この曲を大きな曲にして行こうと誓って、ようやく原色★歌謡曲図鑑にもランクインしたのに…。番組で歌うところすら見てもらえないなんて…」

「…」

「これから一緒にもっとたくさん歌を作っていこうって約束してたのに…」

「…」

シンの悲嘆ぶりに、ひかるは返す言葉が見つからなかった。


「先生はよく言ってました。歌手と作曲家は一期一会の関係、歌手と歌も同じ。作曲家は歌手の声質、音域、キャラクターをイメージして最適な楽曲を書き上げる。

そんな歌謡曲はまるで…」

「オートクチュール…」

自分の言葉を突然継いだひかるの顔を、シンは驚いて仰ぎ見た。


「なんで知ってるんですか?」

「だって、父が好きな言葉だったから。父はその言葉、あなたにも渡していたんだね」


この子はやっぱり坂口シンなんだ…。

思いがけない来訪者が、自分の父の大切な言葉を共有していることに、ひかるは例えようのない不思議な縁を感じていた。


「なんか面白そうな話をしてるね」

その時、そんな感傷を打ち破るかのように声がして、スタジオの入り口にたたづむアキトがひかるの視界に入って来た。


「ちょっと!立ち聞きでもしてたの?」

宿敵アキトの突然の乱入に、ひかるの声はとたんに険しくなった。


「人聞きが悪いな。今日の午前中は、このスタジオは販促部で予約していたのに、勝手に使ってたのはあなた方でしょ」

「それは悪かったわ。すぐ空けるわ」


ひかるはシンとコウの背中をせわしなく押し、スタジオを後にした。

超現実主義者のアキトが、40年前に失踪した歌手が突然事務所に帰って来た…などという荒唐無稽な話を受け入れるはずがない。

シンの存在は、ひとまずアキトには隠しておく方が賢明だ。


…しかし、アキトと自分の間には、どうしてこうも距離が出来てしまったのだろう。

ひかるは時々、ふとさびしくなる時があった。


以前、まだ自分が筒井歌謡企画の社長に着任する前は、アキトは同い年の良き仲間というべき存在で、今回みたいなトラブルももっと気安く相談できる相手だった。

だが、お互いが社長と販促責任者として年数を重ねるうち、アキトのあまりにドライなものの考え方に隔たりを感じるようになってきたのだ。


シンのような突然現れた来訪者とさえ、ありし日の父との想い出を共有できるのに、なぜアキトとはそれができないのだろうか。

父が長らく培ったうちのような歌謡曲事務所に、いきなりダンスミュージックを持ち込もうとするんだろうか。


逆に、自分が経営者として情緒的すぎるのか…。

「いやいやいやいや…」

思わず声が出て、傍らのシンとコウに妙な顔をされてしまった。


「とにかく私はこの子が坂口シンだと信じるわ」

ひかるは今度は二人にもしっかりと告げるように、そう言葉にした。

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