歌謡曲はオートクチュール(2)
毎週水曜の朝になると、竹内コウの胃は鈍く痛み出す。朝10時から筒井歌謡企画の定例会議が行われるからだ。
コウが経理を務める筒井歌謡企画では、昨年秋、創業者の太平が病死して以来、著しく業績が悪化している。昨日締めた今期の中間決算の数字も、コウが入社してからの三年間の内、最も悪いものだった。
今回の会議もこの数字をめぐって大荒れになるに違いない。
「今回の中間決算の数字、社長としてはどう受け止めてますか?」
会議開始早々、案の定、販促担当のアキトがいきなり切り込んで来た。
元々ひかると同じ齢のアキトは、社長のひかるに対しても遠慮なく露悪的な言葉をぶつけることがよくあった。
「まぁ、うちは元々、作曲家の先代社長が自分の個人事務所として始めた会社だから。先代が亡くなって業績が悪化するのは無理ないとは言え、予想外に悪かったわね」
社長のひかるが苦しげに言葉を返した。
「ですよね…」
アキトは、コウが壁のモニターに映し出したパワポの業績資料に目を映しながら、冷たく微笑んだ。
「筒井歌謡企画の現在の売上の柱は主に三本。先代社長の太平先生が受けた楽曲制作費、それに伴う著作権収入、所属歌手の各種イベント・歌番組・コンサート出演料…になります」
アキトは手にしたポインターの赤い光線を、モニターの円グラフの各項目に当てて、筒井歌謡企画の収益構造をあからさまにしていく。
「太平先生がお亡くなりになり、この三本柱の内の楽曲制作依頼による売上は今後はもう望めません。先生の後を継ぐべく楽曲制作の後継者も育っていませんし」
いきなり痛いところを突いてきたな…。
うちの会社には太平先生が指導して来た新人の作曲家が数名在籍していたが、大手レコード会社の催す楽曲コンペでの戦績はたしかにあまり芳しくなかった。
アキトの冷徹な声色を聞きながら、コウの胃はさらにキリリと痛みを伴って来た。
「また、昨年以来、所属歌手の退所が相次いでいるのも気になるところです。うちの研修生や所属歌手は元々、太平先生の作品や人柄に惹かれて歌手を志した人材が主です。太平先生が亡くなったのを機に別天地で更なる飛躍を試みようと考える歌手が出てくるのも自然な流れでしょうね」
コウは、昨年末に事務所を去り、大手芸能事務所に移籍していった女性歌手の申し訳なさそうな顔をぼんやりと思い浮かべた。
「作曲家の後継者はいない、所属歌手の流出は止まらない…。まさに崖っぷちですよ。このままではこの会社は、太平先生の残した楽曲の著作権収入だけを収益にして食い潰していく過去の遺産管理会社になってしまうんじゃないかな」
「ちょっと!それはあまりに失礼じゃない?」
「でも、事実です」
それまで終始黙ってアキトの言葉を受け止めていたひかるがようやく言い返すも、アキトはよどむことなく言葉を継いだ。
「そこで私からの提案です」
「提案?」
「はい。太平社長がこれまで築き上げて来た筒井歌謡企画のブランドには、私も多大なリスペクトを捧げてます。ただ、このままではそれを継続するのが難しいことは、今回の決算の数字がはっきりと示しています」
アキトは、モニターの画像を切り替えた。
そこには「ダンスボーカルグループ養成の提案」という大きなフォントのタイトルの資料が投影されていた。
「先代の逝去をきっかけに、我が社も時代にアップデートした音楽事務所に生まれ変わるべきだと思う。そのために、私から提案をさせていただきます」
「…」
ひかるの表情には、唐突に示されたダンスボーカルグループというワードへの戸惑いが、ありありと浮かび上がっていた。
「我が社の急務は、とにかく歌謡曲専門の音楽事務所からの脱却。今後はKーPOPの潮流を踏まえたダンスミュージックも扱う若い層に刺さるレーベルに、イメージをチェンジしていきます」
アキトはさらに資料を切り替え、言葉を続けた。
「まずは、そのイメチェンに寄与するアーティストの獲得です。太平先生が長年避けておられたグループアイドルのオーディションも行ない、まずは来期中に男女それぞれ1グループずつデビューさせたいです」
アキトはここ数年、歌謡曲と反比例するかのようにCD売上を伸ばすK~POPの堅調ぶりを折れ線グラフで示した。
「あんたね〜…」
ここまで我慢強くアキトの繰り出す提案を我慢強く聞いていたひかるが、唸るような低い声を絞り出した。
「K~POPが流行ってるからK~POPみたいなグループやりましょう、歌謡曲が売れなくなったからダンスミュージックやりましょうって、安易に時流の後追いばっかりしてどうするのよ!うちには父が掲げた『歌謡曲はオートクチュール』っていう、ソロ歌手を丁寧に育成して最適な楽曲と一緒に世に送り出す、という独自の経営理念があるのよ。それを曲げて、他の事務所と横並びのことを始めても、何の創造性もないでしょ!」
だが、ひかるに激しく食ってかかられたアキトも動じなかった。
「社長がそう言って反対するのは想定内でしたよ。ですが、創造性以前にこの音楽業界は昔から売れてナンボ。太平先生もそうやって歌謡界を渡られて来たはずです。今のリスナーの嗜好に合わせた楽曲を送り出せない音楽事務所に何の存在価値があるんですか?」
それからひかるとアキトの議論…という名の言い争いは、一体どのくらい続いただろうか。
これまで通りの歌謡曲路線で何とか活路を見出したいというひかると、ダンスボーカルグループをデビューさせて時代の潮流に乗りたいというアキトの運営方針は全く真逆で、混じりようがないものだった。
が、父の遺志を継ぎたいという強い想いだけで、具体的な案を持たないひかるを、アキトは理詰めで寄り切って行った。
そして、気がつくとひかるは叫ばされていた。
「わかったわよ!そんなにやりたいなら、グループアイドル作ってごらんなさいよ!」
途端にアキトは目を光らせて、その場でうやうやしく拝礼のポーズを取った。
「ご承諾、ありがとうございます!」




