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伝説の歌姫(1)

「それで…集めたマスコミ記者たちをただ炎上させただけで、あの復帰会見は結局、何の意味があったわけ?」


会見の次の日の定例会議。

アキトは案の定、挑むような目でひかるを口撃してきた。


「うちの新人歌手はタイムスリッパーです…なんて…いきなり説明して、納得してくれる記者が一人でもいると思っていたのかな?」


「皆が皆、理解してくれるとは思ってなかったわ。でも、シンが昭和から来た歌手であることは紛れもない事実。それをこれから応援して下さるマスコミやリスナーにきちんと伝える努力は怠りたくなかったの」


「そんな無駄な努力…してどうなるんだ…?単純に…昭和の昔に失踪した坂口シンのそっくりさんがいたので、昔の名前でデビューさせます…でよかったんじゃないのか?」


「そんなごまかし…、これからシンの歌に耳を傾けて下さるリスナーの皆さんに、あまりにも不誠実すぎるわ。それに…自分のそっくりさんとして再デビューするなんて…シンが可哀想すぎるじゃないの⁉︎」


アキトとひかるの言い争いは、どこまでも並行線をたどっていた。


やれやれ…全くいつも通りの展開だ…。

二人のやり取りを聞きながら、コウは深いため息をついた。


生真面目さゆえの正攻法と情緒的な理想論で突っ走るひかる。

冷徹な超現実派で、売り上げ至上主義のアキト。

二人のものの考え方と仕事の進め方はまるで水と油で、決して折り合いがつくことはなかった。


それでも、先代社長の筒井太平という絶対的なカリスマがいた一昨年までは、二人ともそれぞれが適度に自分の我を押さえて、太平の良きサポーターとして機能していた。

…が、今回のシンの再デビューをめぐって、二人の分断はいよいよ決定的になってしまったようだ。


「シンくんが可哀想…って言うけど、実際にシンくんを可哀想な立場に追い込んでしまったのは君だろう?」


「…」


それを言われると、明らかにひかるの分が悪かった。


昨日の会見については、昨夜から今日にかけて様々な媒体がニュースとして配信していたが、会場に来ていた記者たちの戸惑いがそのまま文章化された内容のものばかりだった。


「昭和の失踪シンガー坂口シン、激似ビジュの二代目がデビュー!」

「インフルエンサー歌謡で絶好調の筒井歌謡企画、今度はタイムスリッパー歌手登場?」

「昭和歌謡の都市伝説にそっくりさんがトンデモ回答?炎上会見の一部始終」


大方のネットの記事が、再デビューする坂口シンはそっくりさん、タイムスリップはシンを売り出す上での演出…といった理解の上で書かれており、ひかるの真意を汲み取った内容とはとても言えないものだった。


結果的に、シンは「昔の失踪歌手をネタに売り出されるそっくりさん歌手」として、ただいたずらに人々の好奇の目にさらされただけ…になっていた。


「まぁ、人は結局、自分の信じたいものしか信じない生き物なんだよ。そもそも同じ事務所にいる俺だって、今いる坂口シンが昭和の坂口シンと同一人物だって信じてないんだから…。外部の記者たちがいきなりタイムスリップだとか言われて、信じる訳がないだろう」


「私は、別に全員に信じてもらえなくてもいいと思ってる…。シンがそっくりさんだと思いたい人は思ってくれても構わない。ただね…人間にとって一番悲しいことは、自分が自分であることに胸を張れないことだと思う。だから…シンに自分から『僕はそっくりさんです』…と皆の前で自分から嘘を言わせる訳にはいかないの…」


ひかるはアキトの顔をキッと見据え、さらに言い放った。


「嘘は…歌を曇らせるわ…私はシンの歌声を曇らせたくない」


会議テーブルを挟んでひかるとアキトが睨み合い、一触即発…と思われたその時、会議室のドアを外からノックする者があった。


「会議中…すみません…」


ノックの主はショウだった。

ショウは遠慮がちにドアの隙間から顔を覗かせて、意外な名を口にした。


「社長に…野上ナナミさんの事務所のマネージャーの方からお電話なんですが…お出になれますか?」


「野上ナナミ…?」

ショウから問われたひかるより先に、アキトが先に声を上げた。


アキトの驚きも無理はなかった。

野上ナナミと言えば、数多くの大ヒット曲を持つ伝説の昭和の歌姫だった。

昭和末期に原色★歌謡曲図鑑で18曲連続第一位という前人未到の大記録を樹立。

ある年齢以上の日本人であれば、その名を知らぬ者がいないほどのビックネームの大物歌手だった。


「何でも…昨日の会見をナナミさんがネットでご覧になっていたようで…それについて、ひかる社長にお話ししたいことがあるみたいで…」


ショウは、電話の相手があまりのビッグネームであることに、明らかに気圧されており、少しかすれた声でそう告げた。


「わかったわ。すぐ出ます…」

ひかるはアキトとの睨み合いを中断し、会議室を出て行った。


シンの復帰会見を見て、野上ナナミの事務所から電話…。

会見中に、何か大御所の昭和の歌姫の逆鱗に触れるような発言があっただろうか…。

いや…ナナミからクレームが来るような内容ではなかったはずだけど…。


昨日の会見の荒れ模様を思い出しながら、いずれにしても良い連絡ではなさそうだ…コウの頭には重苦しく嫌な予感しかよぎらなかった。

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