坂口シン復帰会見(2)
「皆さん…まずは坂口の話を聞いてください!お願いします!」
シンの登場と同時に、会見の会場中に広がったヤジや怒号をいさめるように、ひかるが記者たちを一喝した。
突然のひかるの語気の激しさに、記者たちは気押された様に一斉に押し黙った。
「では、坂口シンから改めて…」
ひかるはそれを見届けると、会見テーブルの右に座ったシンの背中を軽く叩き、発言を促した。
シンはひかるの目を見てうなづくと、記者たちに向かって言葉を放った。
「僕の名前は坂口シン。昭和63年の7月に筒井太平先生作曲の『ちょっと待ってください』でデビューした新人歌手です」
シンの言葉に、記者たちの多くが何か言いたそうな表情を見せたが、ひかるの一喝がまだ効いているせいか、言葉を発する者はいなかった。
「僕のデビュー曲は、当時、応援して下さった皆さんのおかげで、原色★歌謡曲図鑑の第10位にランクインするヒット曲になりました。…ですが、僕は番組でこの曲を歌うことが出来ませんでした…」
シンは顔を伏せ、少し悔しそうに唇を噛んだ。
「僕が番組スタジオのミラーゲートをくぐって、初登場記念のサイン帳にサインをした直後に、突然、首都圏を大地震が襲い、番組が放送中断になったからです…」
「ここには当時のオンエアをご覧になっていた方は少ないと思われますが、この模様には一部ネットにも動画が出回っており、ご確認いただくことが可能です」
ひかるがシンの言葉を補足した。
「番組のスタジオは、セットの倒壊や天井からの照明器具の落下もあり、大変な状況でした。スタッフや司会者の方たちも大混乱していて、僕も歌どころではなくなり、天井からの落下物から身を守るために、無我夢中ですぐそばにあるミラーゲートの中に潜り込みました」
シンの切迫した地震現場の回顧の言葉を、記者たちは息を呑んで聞いていた。
「そして…ミラーゲートの中で意識を失った僕が次に目覚めたのが、令和10年9月の筒井歌謡企画のエントランスだったんです…」
突然に飛躍したシンの言葉に、会場は少しどよめいた。
それを受けて、ひかるがシンの言葉を継いで、語り始めた。
「今、自身で説明した通り、彼は昨年秋、うちの事務所のエントランスで気を失っているところを発見されました。当初、私も自分が昭和を生きていた坂口シンだと主張する彼の言葉をにわかには信じることができませんでした…」
ひかるが、記者たちに言葉を挟ませぬように、どんどんと説明を進めていく。
「ですが、かつての坂口シンとここにいる坂口シンとで、他人と言うにはあまりにも容姿がそっくりなのです。両者はパッと見た目だけでなく、歯並びやほくろの位置も全く一緒です」
傍らのシンが一同に向けてよく見えるように顔を上げた。
「もう一つは…声の一致。これについては、かつての坂口シンとこれからリリースする再デビュー後の坂口シンの歌を聴き比べていただければ、すぐにおわかりになると思います。ちなみに詳しく調べたところ、両者は声紋もピッタリと一致していました」
ひかるの荒唐無稽な説明の言葉に、記者たちの表情には明らかに戸惑いの色が濃く浮かび始めた。
「そして…何より…彼は生前の父・筒井太平について、遺族の私しか知り得ないエピソードを多数知っていました。何なら、私が知らない昭和時代の父のこともよく記憶しています」
「僕は、昭和でのデビュー前の三年間、先生の作品の仮歌シンガーを務めていました。先生はずっとうちの事務所のスタジオで一緒に作品を作りながら、僕を歌手として育ててくれた恩人であり、師匠なんです…。僕は先生の作品を令和に歌い継ぎ、先生が作りたかった新しい時代の歌謡曲を歌うために、もう一度デビューしたいと考えました」
シンは、会場後方の天井近くを見上げながら、少し遠い目で語った。
「坂口シンは、昭和41年生まれですが、今皆さんの前にいる坂口はどう見ても二十歳そこそこの若さです。彼には、昭和63年から令和10年までの40年間の時間が欠落しているんです…」
「つまり…坂口さんは、昭和からタイムスリップして来た…とでもおっしゃりたいんですか⁉︎」
会場のやや前方に座っていた女性記者が、もう我慢できず…といった声で詰問の声を上げた。
「はい…。皆さんに信じていただけるかどうかはわかりませんが、それが坂口の再デビューに際して、私たちが皆さまにお伝えしなければならない真実です…」
ひかるは力強い声で、女性記者に答えた。
だが…もうその後の会場の混沌を収集付けることは、誰にも不可能だった。
女性記者の質問をきっかけに、会場中の記者たちが堰を切ったように口々にひかるとシンに質問を投げつけ始めたのだ。
「…という設定の仕込み付きデビュー…という理解でよろしいでしょうか?」
「仮にも昔一人、失踪者が出ている案件で話題集めするのはいかがなものでしょうか?」
「そっくりさんはどこから探して来たのですか?」
ひかるとシンの真摯な説明にもかかわらず、会場の記者たちは誰もそれを信じず、質問の大半は、悪意ある非難めいたものばかりだった。
まぁ…そうなるよね…。
会場のマイク係として前後左右に振り回されながら、コウは込み上げるやるせなさをどうすることもできずに、ただただ記者たちの怒号の群れと格闘し続けることしかできずにいた。




