坂口シン復帰会見(1)
令和11年2月某日…。
渋谷駅から程近い小規模のイベントホールで、シンの復帰会見は行われようとしていた。
「坂口シン復帰会見」と書かれた横書きの看板、テーブル横の花台、マイクを束ねたブルーのリボン…。
シンが昭和から来た新人歌手であることを引き立てるため、会場は金屏風こそ立っていないものの、どこか昭和の芸能記者会見場を模したしつらえになっている。
なぜ経理マンの自分がこのような会見場で、記者たちの質問時のマイク渡し担当をやることになっているんだろう…。
コウは自分の置かれている非日常的な場の雰囲気に戸惑っていた。
40年前、「原色★歌謡曲図鑑」の生放送中、突然の大地震と共に失踪した新人歌手坂口シンが、時空を超えて令和に再デビュー…。
そんな荒唐無稽なプレスリリースをマスコミ各社に送りながら、コウは「一体どのくらいの記者が集まってくれるだろうか…」とそもそも不安でいっぱいだった。
シンの再デビューに際しては、世の中に嘘をつかない。
シンが自分達に語ったことをそのまま世間に伝える。
シンの明るい人柄や歌声がしっかりと見る人聞く人に伝わる会見にする…。
ひかるはこの会見のテーマをそう設定したが、そんな正攻法が、意地の悪い芸能マスコミの記者たちにどれだけ通用するものだろうか…。
そもそも通用するしない以前に、どこからも相手にされないんじゃないだろうか…。
だが、会場を見渡すと、用意した席は八割がた埋まっているようで、この会見はまずまずマスコミの耳目を集めてはいるようだった。
これも、アキトさんのおかげかも…。
コウは、この会見場には姿を見せていないアキトの怜悧な横顔を思い浮かべながら、ふと思った。
ひかるとコウがこのシンの復帰会見を準備している間も、アキトとショウは自分たちの「人気インフルエンサーによる昭和歌謡連続リリース企画」を着々と進めていた。
先週の「原色★歌謡曲図鑑」では、ゲーム実況で人気のユーチューバー、アザスの歌う「六丁目のあの人へ」が第9位に初登場。
ゲーム実況と叙情派フォーク歌謡のミスマッチが、ネットニュースの話題を集めている最中だった。
このヒット企画を仕掛けている今話題の筒井歌謡企画から、40年前に失踪した新人歌手について風変わりな発表がある…。
そんな興味と好奇心から、この会場に記者を差し向けたマスコミ媒体がおそらくほとんどであるはずだ。
このシンの復帰会見については、全て社長のひかるが主導になって進めており、アキトは賛成も反対もせず終始関心なさげだった。
だが、マスコミ集めについては、最近のアキトの活躍が、結果的かつ間接的にかなり宣伝塔の役割を果たしてくれたのかもしれない。
ひかるとアキトが、もっと仲良く手を取り合って一つの事に取り組んでくれたら、うちの事務所の業績も雰囲気ももっと良くなるのにな…。
そんなことを考えながらコウがシャツの袖をめくると、腕時計がそろそろ定刻の14時を示していた。
「皆さま、本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。筒井歌謡企画、代表取締役の筒井ひかるです」
会見のテーブルの定位置に着いたベージュのブラウス姿のひかるが会場を見回し、一礼した。
ひかるの登場と共に、それまでざわついていた会場の記者たちが少し静まった。
「本日の坂口シン復帰会見につきましては、40年前に失踪した坂口シン本人が、事と次第…そして今回の再デビューにあたっての気持ち…全てを皆さまに率直にお話しさせていただく所存です。ぜひ暖かく耳を傾けていただければ幸いです」
ひかるは、記者たちに会見のポリシーを述べ、両手を会見場横の扉に向けてゆっくりと伸ばし、高らかに会見の主役の名を呼んだ。
「それでは…再デビュー歌手、坂口シンをご紹介します!」
会場に、40年前のデビュー曲「ちょっと待ってください」のイントロが鳴り響き、扉からキリッと顔を上げたシンが入って来た。
シンがまとっている衣装は、「原色★歌謡曲図鑑」のスタジオで行方不明になった時に着ていた金のエンブレムのついた白いマントだ。
「皆さん、こんにちは!坂口シンです!」
シンは扉から数歩入った位置で立ち止まり、マスコミ席の記者たちに向けて、深々と頭を下げた。
その瞬間、会場を占めるほぼ全ての記者たちのあっけに取られたポカン顔が、コウの目に飛び込んできた。
コウが会場で配ったプレスシートに添えたシンの写真は、22歳の近影だった。
が、ほとんどの記者たちがそれを40年前の失踪時の写真だと思っており、この会場には、当然、年月を経て還暦過ぎの初老の坂口シンが登場するものと見込んでいたはずだった。
それが…今、目の前に突然、失踪時と寸分違わぬ姿の坂口シンが登場したのだから、
記者たちが意表を突かれるのも無理はなかった。
会場内は途端にざわめき出し、そのざわめきはシンが会見テーブルに着いても容易にはおさまらなかった。
まずいな…。
記者たちの席からは「なんだ…ネタかよ!」「本人じゃないじゃん!」という怒号に似たヤジが上がり始め、コウは少し焦り始めていた。
シンが登場した直後、会場の記者たちに当然の戸惑いが走ることは想定内だったが、冒頭からいきなりヤジや怒号が飛ぶことまでは予想していなかった。
シンは会見場に登場するや否や、一言発しただけで、あっという間に記者たちが作り出す不信と反感の渦の中に囚われようとしていた。




