昭和63年 昭和から消えた新人歌手(2〕
昭和63年10月、首都圏を震度5の大型地震が襲ってから三日目…。
東京芸映テレビから筒井歌謡企画に届いた電話連絡の内容は案の定、筒井太平の期待したものとは程遠い内容だった。
「地震発生日にシンさんをスタジオにご案内した女性スタッフにも再三確認いたしましたが、やはり番組スタジオのミラーゲート付近から先のシンさんの足取りを知るスタッフは存在しませんでした」
原色★歌謡曲図鑑ディレクターは昨日と同じ報告を繰り返すだけで、声色にはいかにも早く電話を切り上げたいというぞんざいさが漂い、大平を少し苛立たせた。
「そんなはずはないでしょう。地震の直後、スタジオでシンがミラーゲートの中に逃げ込む姿は全国生放送されて私もテレビで見ていたんですよ。シンはまだそちらの建物内にいるはずです」
太平の語気の荒さを感じ取ったのか、ディレクターはもう一度スタジオ付近を確認する旨を言い残し、静かに電話を切った。
新進の作曲家で、原色★歌謡曲図鑑にも過去何曲も自作曲をランクインさせている太平をあまり怒らせたくない…そんな配慮も感じられるあっさりとした引き方だった。
それにしても、シンはどこに行ってしまったのだろう。
地震によってテレビ局はスタジオ内の機材の破損など大きな物的被害を被ったが、その後、火災や建物の大きな損壊、死者の発生は確認されていない。
ディレクターの言う通り、シンがテレビ局内の倉庫や別室に閉じ込められて身動きが取れずにいる可能性はやはり低いのかもしれない。
とは言え、シンが自らの意思でテレビ局の外に出て行方をくらませた可能性はもっと考え難かった。当日、シンには事務所のマネージャーを一人帯同させていたが、地震の後、シンは楽屋で待つマネージャーの元にも戻っていないのだ。
仲間想いの強いシンがマネージャーの安否を気遣う事なく一人でテレビ局を去るとは考えづらい。
また、警察にも捜索願いを出しているが、テレビ局付近でシンらしき人物の目撃情報は得られていない。ステージ用の派手な衣装を着たシンの姿は大地震後の街中でもかなり目立つはずだ。
しかし…つくづく不運なヤツだ。デビュー曲がせっかくランクインしたのに、番組で歌う直前に大地震に見舞われるなんて…。
オフィスの窓の外に広がる秋の雲を見上げながら、太平は静かにため息を吐いた。
太平がシンの歌声を初めて聴いたのは、三年ほど前のことだった。
太平が代表を務める筒井歌謡企画で仮歌レコーディングシンガーのアルバイトを募集したところ、シンが応募してきたのだ。
仮歌とは、楽曲の正式なレコーディングの前に、メロディーや歌詞のイメージを伝えるため一時的に入れる仮のボーカルのことである。
シンのデモテープに吹き込まれていたのは、太平が以前中堅の男性歌手に書いた「リバー」というミディアムバラードだった。最初のワンコーラスを聴いただけで、太平はとてつもない多幸感に包まれた事を今でも覚えている。
出だしの低音部のふくよかさにまず耳を惹かれ、語尾の自然なビブラードになんとも言えない色気を感じた。サビの高音部は少し苦しげだが、無難にファルセットに逃げず地声で歌い切ろうと試みる姿勢に伸び代を感じさせた。そして、何より声が明るかった。
実際に会ったシンもデモテープの印象通り、子犬のような顔をした素朴そうな青年で、歌手志望の若者にありがちな自分の上手さを必要以上に誇示しないところが好もしく、採用を決めるのに時間はかからなかった。
それから三年間、歌詞やメロディを丁寧に伝えようとする織り目正しいシンの仮歌に助けられ、太平は実に6曲を原色★歌謡曲図鑑のトップ10内に送り込むことができたのだ。
「ちょっと待ってください」は、そんなシンに満を持して書き下ろしたデビュー曲だった。
作詞家が寄越した歌詞は亡くなった恋人へのレクイエムで、バラードを想定したものだった。が、太平はそれをシンの声質に合わせてアップテンポにして少しコミカルなアレンジを施してみた。
すると、重たい歌詞が軽やかに聴きやすくなり、歌詞の持つ元来のせつなさが聴く者によりダイレクトに届く不思議な楽曲に仕上がったのだ。
「幸せを明るく歌ったり、不幸せを悲しく歌うのは当たり前。本当に優れた歌謡曲は幸せの中に悲しみが潜み、不幸せの中に一縷の希望が潜んでいるものなんです。そして、それを聴く者に伝えられるのが優れた歌謡曲のシンガーなんです」
雑誌取材を受けた際、太平は時折そんな事を語りインタビュアーを煙に巻いていた。
が、「ちょっと待ってください」を書いた時、ようやくそれを体現できる曲を書けたという達成感があった。
そして、自分にそんな曲を書かせたのは坂口シンという歌手の存在があったからこそだった。
太平は、スタジオで初めて自分用の曲を受け取って目頭を熱くさせているシンの姿を思い出していた。そんなシンが、こんな形で自分の前から姿を消えるはずがない…消えて良いはずがない…
しかしその後も、そんな太平の思いをよそにシンの行方はようとして知れなかった。
「新人歌手坂口シン、人気歌番組生放送中に失踪!」
地震直後、芸能マスコミはそんな興味本位で憶測交じりの記事を大いに書き立てた。
が、日々新しい話題がひしめく芸能マスコミの世界で、新人歌手の失踪がそう長く耳目を集めることもなく、翌年、平成を迎える頃にはシンの話題は次第に鎮静化していった。
そして、シンの存在は昭和と共に静かに人々の記憶の中から消え去っていった。




