禁断の楽曲追記(2)
「これも長年、辛抱強く契約を続けて下さったひかる社長のおかげでございます!」
目の前の門倉タカシに深々と大仰なお辞儀をされて、ひかるは戸惑っていた。
昨年、デビュー30周年を迎えた門倉は、筒井歌謡企画の最古参の所属歌手にして、ベテランの演歌歌手だった。
門倉は、昨年リリースした30周年記念曲「出船・海峡・別れ酒」が先週の「原色★歌謡曲図鑑」で8位にランクインして、今朝はそのお礼のために、ひかるのいる社長室を訪れていた。
「いや…私、恥ずかしながら、デビュー30年にしてあの番組に出るのは初めてで、ミラーゲートをくぐるのも、名物のサイン帳にサインするのも初めてでございまして…。でも…いいものですね…新人に戻ったようで…」
すでに50代後半になろうとしている門倉だったが、自分でも言うように、まるで新人のように顔を上気させながら、「原色★歌謡曲図鑑」初出演の感激を語っている。
ひかるも多少戸惑いながらも、そんな門倉の喜ぶ様子に微笑ましさを感じていた。
令和になってから、音楽業界における演歌の存在感はますます薄くなっており、門倉のランクインは、演歌としては実に6年ぶりのトップ10入り…ということだ。
ベテラン演歌歌手のそんな久々のランクインは、業界全体にも明るいニュースとして受け止められていた。
「門倉さんは、父とも生前仲良くしてもらっていたし、久しぶりのヒット曲はきっと父も喜んでいると思うわ…」
「そうですね。以前、太平先生に書いていただいた『港町セレナーデ』がスマッシュヒットしたのが25年前でしたから、私にとって今回の『出船・海峡・別れ酒』は実に四半世紀ぶりのヒット曲ということになります。その間、ずっとヒット曲がなく、いつクビになってもおかしくない私を、辛抱強く契約を続けてくださって…」
門倉の独特の早口で放たれる事務所への感謝の言葉は、またループし始めていた。
「それは、門倉さんがヒットのない期間も、ずっと地道に地方の温泉ホテル営業に取り組んでくれたり、ケーブルテレビの演歌番組の司会を続けてくれてたからでしょ」
ひかるは、なおも興奮冷めやらない門倉にそう返しながらも、なぜこのタイミングで彼の「出船・海峡・別れ酒」が「原色★歌謡曲図鑑」のトップ10にランクインするヒットになっているのか、実はよくわからずにいた。
この曲のリリースは、昨年の夏。
門倉のデビュー30周年記念曲として、ラジオのスポット広告を打ったり、都内近郊や地方各地の夏祭りに門倉を連続してゲスト出演させたりして、事務所もレコード会社も、それなりに力を入れてキャンペーンを行なっていた。
が、チャートは最高87位…。
記念曲としては、地味な結果に終わっていた。
それ以後、この曲はメディアやSNSで特に話題になることもなく、カラオケや有線放送でリクエストがつのることもなく、世の中からはほぼ忘れられてかけていたはずだ。
それが半年後の先週、チャート圏外からいきなりトップテンの8位にランクイン…。
まさに何の前触れもない突然のポテンヒット…であった。
どんな曲がどんなタイミングで売れるのか…予想もつかないのが流行歌の世界の常ではあったが、ひかるにとって、今回ほど何が功を奏して曲が売れているのかがわからないケースはなかった。
こんな明日の見通しのつかない浮き草のような世界で、必ずしも売れるか売れないかわからない楽曲を作り出し、売り出して行かなければならない…。
ひかるは、時々、この仕事特有のしんどさに負けそうになることがあった。
そして、そんな稼業を長年続けて来た父・太平や、ここのところチャートで成果を出し続けているアキトのことを、やっぱりスゴい…と、思うのだった。
それにしても…。
最近、ひかるにはもう一つ、気がかりなことがあった。
事務所内で、近頃、亡き筒井太平の幽霊を見かけた…という噂が広まっているのだ。
幽霊の出没場所は、三階のレッスンスタジオ…。
太平が、いつも楽曲を練り出すために使っていたあの懐かしいピアノが置いてあるスタジオだった。
深夜、スタジオに忘れ物を取りに行った研修生が、窓際のピアノにぼうっと座っている太平らしき人物の姿を見かけた…というのが噂の出どころで、他にも何人かによる同じような深夜帯での目撃情報があり、太平の幽霊の噂は立ちどころに広まっていった。
最近では、レッスンスタジオを使うのが怖い…と、わざわざ外のスタジオをレンタルする研修生も出始めて、ひかるもいよいよ看過出来なくなっている。
しかし…人の親を幽霊扱いするなんて、本当に失礼な話だ…。
ひかるは、アキトほどではないが、まあまあの現実主義者で、ゴーストだの色々な都市伝説の類は基本的に信じていない。
だが、40年前に失踪した坂口シンが令和になって戻って来る…という信じがたい出来事を受け入れたのもまた自分だ。
ここは噂の真偽を、社長の自分が直に確かめる必要があるだろう…。
今夜、件のスタジオに行ってみよう…。
そして、たとえ幽霊でも父・太平にもう一度会ってみたい気持ちもある。
ひかるは、夜の訪れがほんの少し楽しみになっていた。




