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禁断の楽曲追記(1)

「やはり、筆跡は一致しますね…」


“ちょっと待ってください 坂口シン 1988.10.20“


デスクの上に置かれた二枚の坂口シンのサイン…。

ひとつはサイン帳の昭和の最後のページ、もう一つは先ほどコウがシンに書かせたものである。


ショウは二枚をデジカメで撮り、PC上でそれらを重ね合わせたが、二つの筆跡は酷似していた。

独特にアレンジされた「坂」の字の流し方、また、人によって個性の出やすい数字の8の上の円が大きいところも全く一緒だった。


「ふぅん…」

アキトは、ショウが示した二枚のサインを見つめながら、静かにため息をついた。


あの経理の竹内コウが語っていた「坂口シンが昭和からタイムスリップして来た新人歌手だ」という妄言を、そのまま信じるわけではないが、坂口シン…という名前にアキトは引っ掛かるものを感じていた。


坂口シンは、この不思議な革表紙のサイン帳の昭和の最終ページに記されたサインの主だった。

また、このサイン帳をエントランスで拾ったあの日、アキトは事務所のスタジオで白いステージ衣装に身を包んだシンの姿を目にしていた。


そして今回、コウを使って入手させたシンのサインが、サイン帳の筆跡と一致したことで、やはり今、コウの元にいる坂口シンが様々な不可思議の鍵を握っていることは明らかだった。


坂口シンについては、もう少し調べてみる必要がありそうだな…。


それはさておき…。

アキトは、この先、自分が手に入れたこのサイン帳を、どのように使っていくべきか算段を始めていた。


今、進めている「人気インフルエンサーによる昭和歌謡・連続リリース企画」は、昨年末までに第3弾までリリースが進み、この年明けからは、第4弾と5弾のリリースが控えていた。


“六丁目のあの人へ アザス 2029.2.8“

“恋の王様ゲーム ドリームマカロン 2029.3.15“


アザスはゲーム実況で人気のユーチューバー、ドリームマカロンは古着屋巡りで人気の女の子二人組のインフルエンサーだった。

すでにこの2組との実演家契約や配信楽曲の準備は整っている。


…が、問題はこの後だった。

サイン帳に記された亡き筒井太平の残した作品のタイトルは、3月リリース予定の「恋の王様ゲーム」までで途切れていた。


どうやら、昨年来、音楽業界に巻き起こっていた稀代の歌謡ポップス作曲家・筒井太平の追悼ムーブメントもここらへんまでらしい。

これまでのような人気インフルエンサーに筒井太平のかつてのヒット曲をカバーさせればトップ10ヒット…という特需の時期はそろそろ終結しそうである。


逆に、インフルエンサーと昭和歌謡…というミスマッチの意外性だけで、よく5曲もリリースが続けられたものだ…。

自分がようやく勝ち得たヒットメーカーの地位をキープするためには、何かまた別の手を考えなければならない。


このサイン帳には、概ね4年後まで日付で、様々な歌手や楽曲のタイトルが記されているが、ショウに調べさせたところ、「恋の王様ゲーム」以降のページには、太平の残した楽曲のタイトルや筒井歌謡企画所属の歌手名の記載は、一件もなかった。


「あ〜ぁ、俺、このインフルエンサー企画、結構、楽しんで取り組んでたんですよ…。でも、もうサイン帳に次の曲もインフルエンサーも描かれていないんじゃ、誰に何を歌わせればいいのか、わかりませんよね〜」

ショウが両手で伸びをしながら、つまらなさそうにため息をついた。


「なぁ、ショウ…、次の一手の為にちょっと実験してみないか…」

そんなショウの姿を見ながら、アキトはふと思い立ち声をかけた。


「このサイン帳に書かれているアーティストや楽曲が、この日付通りに原色★歌謡曲図鑑にランクインすることは、よくわかった」


「…ですね…」


「じゃあ…逆に俺たちが、原色★歌謡曲図鑑にランクインさせたい曲を、このサイン帳に書き足してみたら、どうなるだろう…?」


「え…?それ…アリですか?」


サイン帳には、最後の方に十数ページの空白のページが残っていた。

この白ページに何らかの役割があるのではないか…。


「何事も実験だ…。うちの事務所の歌手のリリース済の曲で、まだ原色★歌謡曲図鑑にランクインしていない曲を、このサイン帳に書き足してみるんだよ。もしもその曲がランクインしたら、このサイン帳は単にこれから初ランクインする歌手や楽曲が書いてある…ってだけではなく、書いたらその曲がランクインするサイン帳…ってことになるぜ」


アキトは、超現実主義者だった自分が、ショウにこんな荒唐無稽な提案をしていることに、我ながら驚いていた。

だが、せっかく手に入れたこの不可思議なサイン帳の効能を調べ尽くしてみたい…そんな好奇心に勝つことは出来なかった。


アキトは、訝しそうな顔をするショウに指示して、サイン帳に書き足す楽曲選びを始めた。


“出船・海峡・別れ酒 門倉タカシ 2029.1.25“


あれこれ選曲した結果、せっかく試すならば、今後、あきらかにヒットしなさそうな曲がいい…となり、サイン帳への書き足し実験の対象曲はこの曲となった。


門倉は、平成の中頃から筒井歌謡企画とマネジメント提携している50代のベテラン演歌歌手だった。

かつて太平の書いた曲を、一曲スマッシュヒットさせただけで長らくヒット曲は皆無…。「出船・海峡・別れ酒」は昨年、歌手生活30周年を記念してリリースした久々の新曲だった。

もちろん全く当たっておらず、いかにもチャートのランクインとは無縁な曲だった。


「これがもし再来週の原色★歌謡曲図鑑にランクインしたら、このサイン帳は、書いた曲がヒットする魔法のサイン帳…って事になるんですね…。でも、あり得なさそう…」


ショウは終始、半信半疑だったが、それでも販促部の会議室に門倉を呼び出し、プロモ用と称して、サイン帳の余白のページにサインをさせるまで、事を手際よく進めた。


実験開始だ…。

このサイン帳を使いこなせれば、すごいことになるぞ…。

アキトのはやる気持ちを止められるものは、もう誰もいなかった。

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