冷たい微笑とかなわぬ願い(1)
シンの再デビューに、アキトは果たして協力してくれるだろうか…。
半信半疑…どころか可能性はかなり低いが、ここは誠心誠意、自分の気持ちを伝えなければならないところだ。
コウはやや固い表情でドアを開け、販促部のルームに入って行った。
中では、アキトとショウが何やらミーティング中だった。
「お話し中、大変申し訳ありません。お二人にお願いがあって来たのですが…お時間よろしいでしょうか」
かなり改まった口調になってしまったのは、突然部屋に入って来たコウを見て、二人の表情がかなり険しくなったからだ。
うちの事務所の経営方針をめぐって、社長のひかると販促マネージャーのアキトは折り合いが悪く、コウはどちらかと言うとひかるに近い立場にあった。
そんな自分がいきなり部屋を訪れて、二人が良い顔をしないのは仕方のないことだった。
「な〜に?俺ら忙しいから、手短かにして」
案の定、アキトはぞんざいな口調で対応してきたが、コウも負けるわけにはいかない。
「実は、秋口からこちらで預かってる坂口シンの事でご相談があります」
「坂口シン…?」
アキトの声が少し尖ったような気がした。
「あ、経理部でコウくんの事、色々手伝ってる子でしょ」
社内事情に耳ざといショウは、シンの存在を認識しているらしく口を挟んでくる。
「はい。お二人は、40年前、うちの事務所に、テレビの歌番組の生放送中に失踪した新人歌手がいたことはご存知ですよね?」
「40年前に失踪…。たしか太平先生にそんな話を聞いたことはあったけど…」
コウの話が思わぬ方向に向き始め、アキトは訝しげな顔を見せた。
「はい。その失踪した歌手、坂口シンは亡くなった太平先生の愛弟子でした。ですが、念願のデビュー曲が原色★歌謡曲図鑑に初ランクインした夜、東京を襲った大地震に紛れて、生放送中に突然、姿を消してしまったんです」
「あ…その映像、YouTubeで見たことありますよ。とにかくすごい地震で、あの原色★歌謡曲図鑑の派手なセットがバタバタと倒れていく映像は、結構ショッキングでしたねー」
ショウが、軽い調子でまた口を挟んできた。
「お二人は…その失踪した坂口シンが、今、僕の元で事務補助をしてくれている坂口シンと同一人物だと言ったら信じていただけますか…?」
「…」
コウは言葉を選びながら注意深く二人に告げた。
が、二人はポカンとした顔で、心配そうにコウを見つめるだけだった。
「あの…自分が荒唐無稽なことを言ってるのは、十分わかっています…。僕も…最初は半信半疑でした…」
「荒唐無稽すぎて、話にならないね。40年前の失踪者と同一人物なら、当時20歳そこそこだった坂口シンは今、還暦くらいでしょ。年齢が全く合わないじゃないか」
あらかじめ予想ができていたアキトからの反応だった。
「はい…ただ、シンが言うには、原色★歌謡曲図鑑の生放送の最中に意識を失った後、次に目が覚めたら、うちの事務所のエントランスだった…という事です。にわかには信じられませんが、これはタイムスリップという現象ではないでしょうか…」
「タイムスリップねぇ…」
アキトが鼻白んだ冷たい微笑みを浮かべた。
会議中にも時折見せる、自分と意の異なる発言をした相手を小馬鹿にする時の表情だ。
いけない…。
自分が言葉を注げば注ぐほど、アキトは真剣に取り合おうとする態度を薄めて行くばかりだ。コウは焦った。
アキトにシンのプロデュースを依頼しようと思い立った時、コウには話の持って行き方として二つの選択肢があった。
一つは、シンが40年前からタイムスリップしたかつての新人歌手であることを、アキトにきちんと説明して理解を得た上でプロデュースしてもらう選択肢。
もう一つは、超現実主義者のアキトにタイムスリップの件は告げずに、「昔失踪した坂口シンにそっくりの研修生」としてプロデュースしてもらうという選択肢だった。
ただ、コウは、太平がかつて見込んだ坂口シンの再デビューにあたっては、誤魔化しのないきちんとした方法を取りたかった。
そのため、アキトにもタイムスリップの件を共有する道を選んだのだが、やはり無謀だったのだろうか…。
「シンは、かつての坂口シンと顔がそっくりなだけでなく、歌う声もそっくりです。あと、生前の太平先生について、近しい者しか知らないようなエピソードもたくさん知っていました。それは、先生の娘さんであるひかる社長も認めています」
「ひかる社長も巻き込んで、君は何がしたいわけ?」
「僕は、坂口シンをうちの事務所から新人歌手として、再デビューさせたいんです!アキトさん…シンのプロデュースをお願いします!」
コウは、鼻白んだ表情を崩さないアキトに向かってきっぱりと言い放った。
「…」
アキトとショウは、先ほど以上のキョトン顔を見せていた。
「俺が…坂口シンのプロデュース…?」
「はい。アキトさんはここのところ、亡き太平先生の残した作品を色んなインフルエンサーたちに歌わせてチャートにランクインさせています。ですが、先生の残された楽曲は本来、先生に愛弟子として指導を受けた坂口シンが歌うのが、一番ふさわしいと思うんです」
「それは…もし、今君のところにいるシンくんが、本当に40年前の坂口シンだったら…という前提があれば…の話でしょ。俺はそんな奇妙キテレツな話、信じてないから」
交渉決裂か…。
アキトに冷たく言い放たれ、コウは力なくうなだれた。
が、アキトはさらに言葉を継いだ。
「ただ…、坂口シンについては、俺も色々知りたい事がある…。君が協力してくれるなら、プロデュースの件、考えないでもないよ…」
コウがハッと顔を上げると、そこには狡猾そうな微笑みを浮かべたアキトの顔が広がっていた。




