第98話 突破口
魔導解剖学の研究から数日。
研究室には、新たな人体図と魔法式が所狭しと並べられていた。
眼球。
視神経。
脳。
それらを結ぶ魔力伝達経路。
クロノスは壁一面へ貼られた資料を見つめながら、小さく呟く。
「ようやく……分かったぞ」
エリシアは顔を上げた。
「何がですか?」
クロノスはゆっくりと振り返る。
「わしらは、精霊眼を作ろうとしておった」
「それが間違いじゃった」
エリシアは少し寂しそうに俯く。
「やっぱり……」
「人間には作れないんですね」
クロノスは静かに頷く。
「ああ」
「精霊眼は、生まれながらに備わる器官」
「有身精霊だからこそ持つことのできる眼じゃ」
「魔導具で再現することはできぬ」
研究室に静かな沈黙が流れる。
しかし。
クロノスはふっと笑みを浮かべた。
「じゃが」
「考え方を変えれば話は別じゃ」
エリシアは顔を上げる。
「考え方……?」
クロノスは人体図の視神経を指差した。
「精霊眼がしておることは何じゃ?」
「魔粒子を見ること」
「そして、その情報を視神経を通して脳へ伝えることじゃ」
エリシアは静かに頷く。
「はい」
「ならば」
「精霊眼そのものは作れなくとも」
「視神経へ魔粒子の情報を届けることができればどうなる?」
その一言で。
エリシアの表情が変わる。
「脳は……」
「妖精が見えたと認識するかもしれません!」
クロノスは満足そうに笑った。
「その通りじゃ」
「必要なのは精霊眼ではない」
「脳へ正しい情報を届けることじゃ」
クロノスは机へ魔水晶を置く。
「魔水晶は魔粒子を受け取る媒体となる」
「そして魔法式が、その情報を視神経へ伝達する」
「人間の眼を変えるのではない」
「人間の眼を補う魔導具を作るのじゃ」
エリシアは思わず身を乗り出した。
「それなら……」
「私にも妖精が見えるかもしれない!」
「ああ」
「可能性は十分ある」
クロノスは新しい羊皮紙を広げ、勢いよく設計図を書き始めた。
魔水晶のレンズ。
視神経と同期する魔法式。
装着者の魔力と連動する魔導回路。
一つひとつの部品が、新しい発想の下で組み上がっていく。
エリシアは完成しつつある設計図を見つめ、小さく呟いた。
「眼を作るんじゃない……」
「眼を助けるんだ」
クロノスは力強く頷いた。
「そうじゃ」
「これは精霊眼ではない」
「人間のために生み出す、新しい眼じゃ」
その言葉と共に。
世界初となる魔導具の構想が、一枚の設計図として形になった。
後に、人々はこの魔導具をこう呼ぶことになる。
――妖精眼鏡。




