第99話 試作品二号機
視神経理論の完成から数日後。
宮廷魔導研究所。
クロノスは、一対の眼鏡を大切そうに机へ置いた。
透明な魔水晶から削り出されたレンズ。
その内側には、これまで何度も書き直した魔法式が幾重にも刻まれている。
第一号とは違う。
今回は、水晶体ではなく視神経へ魔粒子の情報を伝えることを目的として設計された、新たな試作品だった。
クロノスは静かに微笑む。
「試作品第二号じゃ」
「理論通りなら、今度は妖精が見えるはずじゃ」
エリシアは胸の鼓動を抑えながら眼鏡を受け取った。
何度も失敗した。
だからこそ期待しすぎないよう、自分へ言い聞かせる。
ゆっくりと眼鏡を掛ける。
クロノスは魔法式へ魔力を流し込んだ。
魔水晶が淡く輝き始める。
「起動」
静かな声と共に、魔法式が動き出した。
その瞬間だった。
エリシアの視界が大きく揺らぐ。
今まで見えていた景色へ、無数の光が重なる。
赤い光。
青い光。
緑の光。
茶色の光。
小さな光の粒が、風に乗るように研究室中を楽しそうに飛び回っていた。
思わず息を呑む。
「見えた……」
光の一つが、ふわりとエリシアの肩へ降り立つ。
小さな羽。
小さな身体。
愛らしい笑顔。
「妖精さん……」
初めて見る妖精だった。
その姿に見惚れていた、その時。
視界が急にぼやける。
「あっ……!」
妖精たちの姿が少しずつ薄れていく。
一人。
また一人。
光が消えるように見えなくなっていった。
数秒後。
研究室は、いつもの景色へ戻っていた。
エリシアは慌てて眼鏡へ手を伸ばす。
「消えちゃった……」
クロノスはすぐに魔法式を確認する。
「やはりか」
エリシアは不安そうに尋ねた。
「失敗……ですか?」
クロノスは首を横へ振る。
「いや」
「むしろ大成功じゃ」
「視神経への情報伝達は成功しておる」
「問題は、その状態を維持できなかったことじゃ」
魔法式へ次々と書き込みながら続ける。
「情報量が多すぎて、魔法式が耐え切れなかったのじゃろう」
「魔力伝達が途中で途切れてしまった」
エリシアは静かに頷いた。
「でも……」
「ちゃんと見えました」
「ほんの少しだけだったけど……」
「妖精さん、本当にいたんですね」
その嬉しそうな笑顔を見て、クロノスも自然と笑みを浮かべる。
「ああ」
「あと一歩じゃ」
「後は安定性を高めればよい」
エリシアは力強く頷いた。
「完成まで、もう少しですね」
クロノスも静かに頷く。
「そうじゃ」
「世界で初めて、人間が妖精を見る日まで、あと一歩じゃ」




