第97話 魔導解剖学
クロノスの閃きから翌日。
宮廷魔導研究所へ、新たな資料が次々と運び込まれていた。
竜族の解剖記録。
エルフの医学論文。
ドワーフの身体構造図。
そして、人間の人体図。
研究室は、まるで魔導解剖学の書庫と化していた。
クロノスは壁一面へ資料を貼り出す。
「今日から研究をやり直す」
「今度は眼球だけではない」
「視神経を含めた身体全体を比較する」
エリシアも力強く頷いた。
「はい!」
二人は資料を一つずつ照らし合わせていく。
骨格。
筋肉。
血管。
内臓。
眼球。
そして視神経。
違いが見つかれば書き留め。
共通点があれば印を付ける。
研究は何日も続いた。
ある日。
クロノスは一枚の解剖図の前で手を止める。
「……これじゃ」
竜族。
エルフ。
ドワーフ。
三種族の精霊眼には、ある共通点があった。
視神経の周囲を、微量の魔素が循環しているのである。
エリシアも資料を見比べ、驚きの声を漏らした。
「本当だ……」
「みんな同じです」
クロノスは続いて人間の図を並べる。
「対して、人間にはこの魔素循環が存在せん」
「違っていたのは眼球だけではなかった」
「視神経そのものが違っておったのじゃ」
エリシアは小さく息を呑む。
「だから……」
「眼だけを真似しても駄目だったんですね」
「ああ」
クロノスは静かに頷く。
「眼は魔粒子を受け取るだけ」
「その情報を脳へ届けるのは視神経じゃ」
「視神経まで再現せねば、妖精を見ることはできぬ」
クロノスは羊皮紙を広げ、新しい魔法式を書き始める。
「魔水晶で魔粒子を受け取り」
「魔法式によって視神経へ情報を伝達する」
「もしこの二つを両立できれば、人間でも妖精を認識できる可能性がある」
ペンは止まらない。
これまで集めてきた資料。
解剖学。
魔導理論。
人体構造。
精霊眼。
それぞれが少しずつ繋がり、一つの理論として形を成し始めていた。
エリシアは思わず声を漏らす。
「全部……繋がっていく」
クロノスは嬉しそうに笑った。
「そうじゃ」
「ここまで積み重ねてきた研究は、一つも無駄ではなかった」
「失敗したからこそ、この答えへ近づけたのじゃ」
エリシアも笑顔で頷く。
「今度こそ……」
「成功する気がします」
クロノスは力強く頷いた。
「次はいよいよ、新しい理論を基にした試作品じゃ」
研究は、新たな段階へと進もうとしていた。




