第96話 視神経
研究が完全に行き詰まってから数日。
宮廷魔導研究所には、重苦しい空気が流れていた。
机の上には、失敗した妖精眼鏡が幾つも並んでいる。
魔水晶。
魔法式。
レンズ。
どれだけ改良しても、妖精は見えなかった。
クロノスは黒板いっぱいに書かれた魔法式を見つめながら、小さく呟く。
「おかしい……」
「理論に破綻はない」
「ならば、何を見落としておる……?」
エリシアも試作品を手に取り、静かに見つめる。
「何が違うんだろう……」
その時だった。
クロノスの視線が、人間の眼球断面図で止まる。
そして、ゆっくりと視線は、その奥へ伸びる一本の線へ移った。
――視神経。
その瞬間。
クロノスの目が大きく見開かれる。
「待てよ……」
エリシアが振り返る。
「クロノス様?」
クロノスは黒板へ駆け寄り、勢いよく眼球と脳の図を書き始めた。
「違う……!」
「わしらは大きな勘違いをしておった!」
エリシアは驚く。
「勘違い……?」
クロノスは黒板を叩いた。
「見るのは眼ではない!」
「脳じゃ!」
研究室へ静寂が走る。
エリシアは思わず目を丸くした。
「脳……?」
「ああ!」
「眼は光を受け取る器官に過ぎん!」
「見た情報を理解しているのは脳じゃ!」
クロノスは興奮した様子で続ける。
「つまり!」
「水晶体だけを再現しても意味がない!」
「精霊眼は、見た魔粒子の情報を視神経を通じて脳へ伝えている!」
「わしらに足りなかったのは、そこじゃ!」
エリシアもはっと息を呑む。
「視神経……!」
「そうです!」
「眼だけじゃなくて、その先まで再現しないと……!」
クロノスは力強く頷いた。
「ようやく見えたぞ!」
「妖精眼鏡に必要なのは、水晶体だけではない!」
「視神経へ魔粒子の情報を伝える魔法式じゃ!」
エリシアの瞳にも希望の光が宿る。
止まっていた研究が。
再び動き始める。
クロノスは興奮を抑えきれない様子で、新しい羊皮紙を広げた。
「設計を一からやり直す!」
「今度は視神経まで含めた理論を組み立てるぞ!」
「はい!」
エリシアも笑顔で頷く。
長く暗い迷路の中で。
二人はついに、出口へ続く小さな光を見つけたのだった。




