第95話 行き詰まり
それから数週間。
宮廷魔導研究所では、妖精眼鏡の研究が続けられていた。
魔法式を書き換える。
魔水晶の純度を変える。
レンズの厚さを変える。
曲率を調整する。
魔力の流し方を変える。
魔法陣の構成を見直す。
一つ仮説を立てては試し。
失敗すれば、また新たな仮説を立てる。
その繰り返しだった。
しかし。
何十回試しても。
何百通りの魔法式を試しても。
妖精の姿は、一度として見えなかった。
研究室の机には、試作品の眼鏡が所狭しと並んでいる。
透明な魔水晶のレンズ。
刻み直された魔法式。
失敗した試作品。
どれもあと一歩届かなかった証だった。
クロノスは腕を組み、黒板いっぱいに書き込まれた魔法式を見つめる。
「理論は間違っておらぬ……」
「だが、結果が伴わん」
羊皮紙を何枚見返しても、矛盾は見当たらない。
計算も。
魔法式も。
実験結果も。
どこにも決定的な間違いは見つからなかった。
それなのに。
成功しない。
エリシアも試作品の眼鏡を両手で見つめ、小さく呟いた。
「何が違うんだろう……」
「水晶体じゃないのかな……」
「魔法式が違うのかな……」
「それとも、最初の仮説から間違っていたのかな……」
考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。
研究室には重苦しい沈黙が流れた。
クロノスも静かに椅子へ腰を下ろす。
「ここまで原因が見えぬとはのう……」
魔導研究とは、答えのない迷路を歩くようなものだ。
正しいと思っていた道が行き止まりであることなど、珍しくない。
だが今回は、その行き止まりすら見えなかった。
どこが間違っているのか。
それすら分からない。
エリシアは静かに俯く。
「……ごめんなさい」
「私が人間だから……」
「こんなに苦労を掛けてしまって……」
クロノスはすぐに首を横へ振った。
「違う」
「これは、お前一人の研究ではない」
「わしの研究でもある」
「真理とは、一朝一夕で辿り着けるものではない」
「だからこそ、解き明かす価値があるのじゃ」
その言葉に、エリシアは小さく頷いた。
それでも。
突破口は見えない。
妖精眼鏡の研究は、初めて完全に足を止めてしまったのだった。




