第94話 失敗
数日後。
宮廷魔導研究所。
クロノスとエリシアは、一つの机を囲んでいた。
机の中央には、一対の透明な眼鏡。
世界初となる、妖精眼鏡試作品第一号である。
透明な魔水晶を丁寧に削り出し、水晶体と同じ曲率を再現したレンズ。
その表面には、精霊眼の働きを模倣するための魔法式が幾重にも刻まれていた。
クロノスは静かに頷く。
「理論は完成しておる」
「後は、この仮説が正しいかどうかじゃ」
エリシアは緊張した面持ちで眼鏡を受け取る。
胸が高鳴る。
もし成功すれば。
家族がいつも見ている景色を、自分も見ることができる。
ゆっくりと眼鏡を掛けた。
クロノスは魔法式へ魔力を流す。
淡い光がレンズを包み込んだ。
「どうじゃ?」
エリシアは静かに辺りを見渡す。
研究室。
机。
本棚。
窓から差し込む陽の光。
しかし――。
「……何も見えません」
クロノスは顎へ手を当てた。
「ふむ」
「魔力の流れを変えてみよう」
魔法式を書き換える。
再び起動。
「どうじゃ?」
「……変わりません」
今度はレンズの厚さを変える。
魔水晶の純度を変える。
魔法式を一から組み直す。
何度も。
何度も。
何度も試した。
だが。
結果は変わらなかった。
妖精の姿は、一度たりとも映らない。
夕日が研究室を赤く染める頃。
机の上には、使えなくなった魔水晶のレンズが山のように積み上がっていた。
エリシアは静かに俯く。
「やっぱり……」
「人間には無理なんでしょうか」
肩を落とす少女へ、クロノスは穏やかな笑みを向けた。
「エリシア」
「研究とは、失敗の積み重ねじゃ」
エリシアは顔を上げる。
「一つ失敗するたびに」
「一つ、間違った可能性を消すことができる」
「それだけでも、大きな前進なんじゃよ」
クロノスは失敗した眼鏡を優しく手に取る。
「今日分かったことがある」
「水晶体を真似るだけでは、精霊眼は再現できぬ」
「つまり」
「わしらの仮説には、まだ何かが足りんということじゃ」
その言葉に、エリシアの瞳へ少しずつ光が戻る。
「足りないものを見つければ……」
「ああ」
「必ず次へ進める」
クロノスは静かに笑った。
「真理というものは、一度で姿を見せてはくれん」
「じゃが、諦めず積み重ねた者だけが、その答えへ辿り着く」
エリシアは大きく頷いた。
「はい!」
「私、諦めません!」
クロノスも満足そうに頷く。
「その意気じゃ」
「さて、次は何が足りなかったのか、一から考え直すとしよう」
失敗は終わりではない。
それは、真実へ近づくための第一歩だった。
こうして二人は、再び膨大な資料へ向き合い、新たな突破口を探し始めるのだった。




