第91話 魔法とは
翌日。
エリシアは宮廷魔導研究所を訪れていた。
研究室には古今東西の魔導書が並び、机の上には魔法式が描かれた羊皮紙や魔道具の試作品が積み重なっている。
部屋の中央では、宮廷筆頭魔導師クロノス・アルケインが穏やかな笑みを浮かべていた。
「さて」
「研究を始める前に、一つ確認しておこう」
エリシアは姿勢を正す。
「はい」
クロノスは静かに問い掛けた。
「エリシアよ」
「そもそも、魔法とは何じゃ?」
突然の問いに、エリシアは少し考え込む。
「火を出したり、水を出したり……」
「風を起こしたりする、不思議な力でしょうか?」
クロノスは満足そうに頷いた。
「間違ってはおらん」
「じゃが、それは魔法という現象を見ているだけじゃ」
「本質ではない」
そう言うと、一つの魔水晶を机へ置く。
「この世界は、魔素という根源の力で満ちておる」
「魔素は、そのままでは誰にも扱えぬ」
「火」
「水」
「風」
「土」
「四種類の魔粒子――エレメントへ分かれて初めて、人は魔法を扱うことができる」
クロノスが指先へ魔力を流す。
魔水晶が淡く輝き、四色の光が宙へ舞い上がった。
「通常魔法とは、この四種類のエレメントを集め、魔法式によって制御する技術じゃ」
四色の光は組み合わさり、小さな炎となる。
炎は水へ。
水は風へ。
風は土へ。
次々と姿を変えていく。
エリシアは目を輝かせた。
「だから魔法式が必要なんですね」
「その通りじゃ」
クロノスは嬉しそうに頷いた。
「しかし」
「実は、この四属性とは異なる原理の魔法も存在する」
エリシアは驚いて顔を上げる。
「そんな魔法があるんですか?」
「ある」
「俗に、光魔法と闇魔法と呼ばれておる」
クロノスは静かに続けた。
「光魔法とは、魔素そのものを四種類のエレメントへ完全に分解し、その瞬間に生じる莫大なエネルギーを利用する魔法じゃ」
「そして闇魔法は、その逆」
「四種類のエレメントを融合させ、その瞬間に生じる融合エネルギーを利用する魔法じゃ」
エリシアは思わず息を呑む。
「分解と……融合」
「正反対なんですね」
「その通りじゃ」
クロノスは穏やかに頷いた。
「そして、竜影流もまた、この融合エネルギーを応用した武術じゃ」
「えっ……!」
エリシアは驚きに目を見開く。
クロノスは一本の木剣を手に取った。
「ただし、闇魔法とは決定的に違う」
「闇魔法は、魔粒子を強制的に融合させ、その力を破壊へ利用する禁忌の魔法」
「対して竜影流は、妖精と完全に共鳴し、自然な流れの中で魔粒子を導く」
「その融合エネルギーを利用し、自らの肉体を強化する武術じゃ」
そう言うと、クロノスは静かに木剣を構えた。
「さらに、竜影流の真価はそこではない」
「術者自身が妖精誘導法となり、自ら魔粒子を導く」
「だからこそ、剣へ直接エレメントを纏わせることができる」
その瞬間。
木剣へ火の魔粒子が集まり、刀身が赤く輝く。
次の瞬間には水の魔粒子が集まり、青く輝く。
さらに風、土へと、一瞬で属性が切り替わっていく。
クロノスは穏やかに説明する。
「人間にも、魔法を剣へ宿して戦う『魔法剣』という技術がある」
「じゃが、それとは根本から異なる」
「人間の魔法剣は、一度魔法を発動し、その魔法を剣へ宿しておる」
「対して竜影流は、魔粒子そのものを直接剣へ導く」
「ゆえに魔力の損失はほとんどなく、瞬時に属性を切り替えることもできる」
「さらに融合エネルギーによる肉体強化と属性付与を同時に行える」
「術者自身が妖精誘導法となるが故に、妖精へ力を借りる必要すらない」
「これこそが、竜影流最大の強みじゃ」
エリシアは、ゼノンたちの演武を思い出していた。
風が舞い。
木々が揺れ。
世界そのものが剣へ呼応していた光景。
あれは魔法ではない。
妖精と世界が一体となって生み出す、竜族だけの武術だったのだ。
クロノスは続ける。
「一方、人間には妖精が見えぬ」
「ゆえに竜影流を習得することはできなかった」
「そこで人間は、妖精誘導法の理論だけを真似た」
「妖精ではなく、魔素そのものへ干渉するという、常識外れな発想へ辿り着いたのじゃ」
エリシアは静かに耳を傾ける。
「魔素は本来、四種類のエレメントが均衡を保つことで安定しておる」
「それを無理やり魔力へ変換すれば、その均衡は崩れる」
「エレメントは暴走し、術者の身体を蝕む」
「最悪の場合、魔素暴走を引き起こし、魔物へ変貌することさえある」
クロノスは苦笑した。
「まともな魔術師なら、誰一人として考えぬ方法じゃ」
「じゃが、人間はその禁忌へ挑み、ついに制御する術を生み出した」
「それが――魔剣流じゃ」
エリシアは静かに頷く。
「同じ力を目指しても……」
「辿り着く道は、それぞれ違うんですね」
クロノスは満足そうに微笑んだ。
「その通りじゃ」
「さて」
「ここからが本当の研究の始まりじゃ」
「人間が妖精を見る方法を、一緒に探すとしよう」




