第90話 研究
ゼノンの話を聞き終えたエリシアは、静かに木剣を見つめていた。
人間は竜影流へ届かなかった。
それでも諦めず。
人間だけの答えとして、魔剣流を生み出した。
その歩みに、エリシアは胸を打たれていた。
「お父様」
ゼノンは優しく娘を見つめる。
「何だ」
エリシアは意を決したように顔を上げた。
「私にも……」
「魔剣流を教えてください」
一瞬、その場の空気が静まり返る。
ゼノンはゆっくりと首を横へ振った。
「ならぬ」
その返事に、エリシアは目を瞬かせた。
「どうしてですか?」
ゼノンは娘の肩へそっと手を置く。
「魔剣流は、人間が命を懸けて生み出した禁忌の技術だ」
「魔素を無理やり魔力へ変換する」
「一歩間違えれば命を落とす」
「仮に生き延びても、魔素暴走を起こし、全身を魔素に侵され、魔物へ変貌する危険すらある」
静かに首を横へ振る。
「私は」
「大切な娘を、そのような危険な道へ進ませるつもりはない」
エリシアは俯いた。
「でも……」
ゼノンは穏やかに続ける。
「それに、魔剣流は誰にでも扱えるものではない」
「皮肉なことに」
「あの男は、魔法の才能がまるでなかった」
「だからこそ、魔素そのものへ着目し、常識を覆す発想へ辿り着いたのだ」
そして。
ゼノンはエリシアの胸元で静かに輝く封魔水晶へ目を向けた。
「お前は違う」
「歴代でも類を見ないほど莫大な魔力を持っている」
「そんなお前が魔素へ直接干渉すれば、魔素暴走を起こす可能性が極めて高い」
「私には、その危険を見過ごすことはできない」
父としての言葉だった。
エリシアは静かに目を閉じる。
やはり。
自分には竜影流も。
魔剣流も届かない。
その時だった。
ゼノンの言葉が脳裏によみがえる。
『妖精が見えなければ始まらない』
エリシアは、はっと顔を上げた。
「だったら……」
「妖精が見えればいいんですよね?」
ゼノンは思わず目を見開く。
「……何?」
エリシアは真っ直ぐクロノスを見つめた。
「クロノス様」
「人間が妖精を見る方法を、一緒に考えていただけませんか?」
クロノスは一瞬きょとんとした。
だが次の瞬間。
肩を震わせながら笑い始める。
「ほっほっほっほっ!」
「なるほど!」
「竜影流を諦めるのではなく、妖精を見る方法を作るか!」
長い白髭を撫でながら、少年のように目を輝かせる。
「数万年魔法を研究してきたが……」
「そんな発想は初めてじゃ!」
「面白い!」
「実に面白い!」
クロノスは満面の笑みで頷いた。
「エリシアよ」
「わしも、その研究に加わろう」
エリシアの表情がぱっと明るくなる。
「はい!」
ゼノンはそんな二人を見つめ、小さく苦笑した。
「まったく……」
「天才というものは、どうしてこうも常識外れなのだ」
その日。
一人の少女と。
一人の大魔導師による共同研究が始まった。
まだ誰も知らない。
その研究が後に、竜族と人間の歴史を大きく変える発明へ繋がることを。




