第87話 弱き者の剣
翌日も。
男は黒曜山を訪れた。
そして私の前へ立ち、深く頭を下げる。
「竜影流を教えてください」
私は首を横へ振った。
「帰れ」
「人間には扱えぬ」
男は何も言わず、一礼すると山を下りていく。
だが。
翌日も。
また翌日も。
男は黒曜山を訪れた。
雨の日も。
雪の日も。
吹雪の日でさえ。
決して諦めることはなかった。
私は何度も門前払いした。
「諦めろ」
「人間には不可能だ」
それでも男は引き下がらない。
ただ真っ直ぐ私を見つめ、頭を下げ続けた。
ある日。
私は男へ問い掛けた。
「そこまでして、なぜ竜影流を学びたい」
男は一切迷うことなく答えた。
「弱き者が、強き者を打ち倒すためです」
私は静かに続きを待つ。
男は真っ直ぐ私の目を見据えた。
「そして」
「弱き者を護るためです」
その瞳には、一片の迷いもなかった。
力が欲しいわけではない。
名誉でも。
富でもない。
ただ。
自分より弱い者を護るため。
その一心で、この男は何度も黒曜山を登り続けていた。
私は静かに目を閉じる。
その言葉は。
竜族が古くから大切にしてきた信念と、どこか重なって聞こえた。
やがて、小さく息を吐く。
「……分かった」
男は驚いたように顔を上げた。
私は静かに告げる。
「そこまでの覚悟があるのなら、一度だけ機会を与えよう」
「竜影流を教える」
男の表情が大きく崩れる。
歓喜と安堵が入り混じった笑顔だった。
男は深く、深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
その日。
竜族以外で初めて。
一人の人間が、竜影流の門を叩いた。




