第86話 人間
エリシアは妖精たちを見つめながら、小さく呟いた。
「人間には……」
「妖精を見ることはできないんですよね」
ゼノンは静かに頷く。
「ああ」
「少なくとも、生まれながらに見ることができるのは竜族だけだ」
エリシアは少し寂しそうに俯いた。
「じゃあ……」
「人間は、竜影流を学べないんですか?」
その問いに。
ゼノンはどこか懐かしそうに目を細めた。
「いや」
「昔、一人だけいた」
エリシアは顔を上げる。
「一人だけ……?」
ノクスも。
アステリアも。
驚いたように父を見つめた。
ゼノンはゆっくりと頷く。
「ああ」
「人間でありながら、竜影流へ入門を志願した男だ」
その言葉に、その場の空気が静まる。
ゼノンは遠くを見つめながら、静かに語り始めた。
「その男は、この黒曜山へやって来た」
「そして私へ頭を下げ、こう言った」
『竜影流を教えてください』
私は断った。
人間には扱えぬ技だ。
教えても意味はない。
そう考えていたからだ。
しかし。
男は引き下がらなかった。
翌日も。
また翌日も。
何度門前払いをしても、諦めることなく黒曜山を訪れた。
雨の日も。
雪の日も。
ただ真っ直ぐに頭を下げ続けた。
ゼノンは小さく息を吐く。
「頑固な男だった」
その横顔には。
どこか懐かしさと、静かな敬意が滲んでいた。




