第83話 感覚共有
翌日。
ゼノンはエリシアを黒竜城の中庭へ連れてきた。
青く澄み渡る空。
心地よい風。
色鮮やかな草花。
いつもと変わらない、穏やかな景色が広がっている。
ゼノンはエリシアの前へ立ち、優しく微笑んだ。
「エリシア」
「これから感覚共有の魔法を使う」
「ほんの一時だけだが、私と同じ景色を見ることができる」
エリシアは緊張した面持ちで頷く。
「はい」
ゼノンはそっと娘の額へ右手を添えた。
「目を閉じなさい」
エリシアは静かに瞳を閉じる。
ゼノンは小さく呟いた。
「――感覚共有」
淡い黒紫色の光が二人を包み込む。
「もう目を開けてもいい」
ゆっくりと瞳を開く。
その瞬間だった。
「……えっ」
世界が、一変した。
何もなかった空間に。
無数の小さな光が舞っている。
赤く燃える光。
青く揺らめく光。
緑の風のような光。
黄金色に輝く光。
色とりどりの妖精たちが、楽しそうに空を飛び回っていた。
花の上で笑う妖精。
木の枝に腰掛ける妖精。
風に乗って追いかけっこをする妖精。
皆、まるで子どものように無邪気にはしゃいでいる。
「きれい……」
エリシアは思わず息を呑んだ。
そして。
妖精たちの周囲には、無数の魔粒子が流れていた。
火。
水。
風。
土。
四つの属性を持つ魔粒子が、川の流れのように世界中を巡っている。
風の妖精が飛べば、風の魔粒子が集まり。
水の妖精が笑えば、水の魔粒子が揺れる。
世界そのものが呼吸をしている。
そんな神秘的な光景だった。
その時。
一人の風の妖精がエリシアの前まで飛んできた。
「こんにちは!」
すると次々と妖精たちが集まってくる。
「人間の子だ!」
「初めまして!」
「かわいい!」
エリシアの周りを楽しそうに飛び回る妖精たち。
その姿を見つめながら、エリシアの瞳には自然と涙が浮かんでいた。
「みんな……」
「本当にいたんだ……」
そして、その瞬間。
これまでの出来事が一本の線となって繋がった。
侍女たち。
黒竜騎士たち。
料理人たち。
皆が誰もいない場所へ向かって楽しそうに話し掛けていたこと。
初めて黒竜王家へ迎えられた日。
アステリアが、誰もいない空間へ向かって微笑んでいたこと。
『ふふっ』
『分かってるって』
『ちゃんと仲良くするから』
あの時は不思議に思っただけだった。
けれど、今なら分かる。
「あっ……」
「そうだったんだ……」
「お姉様も……」
「みんなも……」
「妖精さんとお話ししていたんだ……」
ゼノンは静かに頷いた。
「ああ」
「竜族にとって妖精は、共に生きる隣人だ」
「皆、こうして日々語らい、助け合って生きている」
エリシアは空を見上げた。
昨日までと同じ空。
同じ庭。
同じ城。
それなのに。
世界はこんなにも美しく。
こんなにも賑やかだった。
胸へそっと手を当てる。
「私も……」
「この景色を、自分の目で見たい」
その願いは。
少女が竜族と同じ景色を歩むための、新たな一歩となるのだった。




