第82話 妖精誘導法
エリシアは不思議そうに首を傾げた。
「妖精って……何ですか?」
ゼノンは静かに木剣を下ろし、穏やかな口調で語り始めた。
「まずは、この世界について話そう」
「この世界は、目には見えない『魔素』という力で満ちている」
「大地にも」
「空にも」
「海にも」
「草木にも」
「そして、生きとし生けるものすべての中にも、魔素は存在している」
エリシアは真剣な表情で耳を傾ける。
「しかし、魔素はそのままでは誰にも扱えない」
「魔素は、火・水・風・土という四つの属性を持つ極小の粒子――魔粒子によって構成されている」
「人々が『魔法』と呼ぶものは、この魔粒子を集め、操ることで初めて成立する技術だ」
エリシアは目を丸くした。
「じゃあ……」
「魔法って、魔粒子を動かしているんですね」
ゼノンは満足そうに頷く。
「ああ」
「そして、その魔粒子を最も自在に操る存在がいる」
一拍置いて、静かに告げる。
「それが――妖精だ」
エリシアは思わず息を呑んだ。
ゼノンは続ける。
「妖精は、自らと同じ属性の魔粒子を自然に引き寄せる性質を持っている」
「火の妖精サラマンダー」
「水の妖精ウンディーネ」
「風の妖精シルフ」
「土の妖精ノーム」
「竜族は遥か昔、その性質を解き明かした」
「そして妖精と共鳴し、魔粒子そのものを導く技術を完成させた」
ゼノンは静かに木剣を構える。
「それこそが――妖精誘導法」
エリシアの脳裏に、先ほど見た演武が蘇る。
剣が舞う。
風が吹く。
木々が揺れる。
まるで世界そのものが、三人の剣へ呼応しているかのような光景。
「あれは……」
「妖精が力を貸してくれていたんですか?」
ゼノンは静かに頷いた。
「ああ」
「竜影流とは、妖精誘導法を武術へ昇華した流派だ」
「妖精と共鳴し」
「魔粒子そのものへ干渉する」
「術者自身が妖精誘導法となる」
「それが竜影流の真髄だ」
エリシアは、自分の持つ木剣へ視線を落とす。
だから、自分には何も起こらなかった。
形だけを真似ても意味はない。
竜影流の本質は、その遥か先にあった。
ゼノンは優しく微笑む。
「だから」
「妖精が見えなければ始まらない」
「妖精が見えなければ、共鳴することもできない」
「竜影流の真髄へ辿り着くことはできないのだ」
エリシアは静かに俯いた。
その時、黒竜城での日々が脳裏をよぎる。
侍女たち。
黒竜騎士たち。
料理人たち。
皆が時折、誰もいない場所へ向かって笑い掛けていた。
そして――。
初めて黒竜王家へ迎えられた日。
アステリアもまた、誰もいない空間へ向かって笑っていた。
『ふふっ』
『分かってるって』
『ちゃんと仲良くするから』
あの時は、不思議に思っただけだった。
けれど、今なら分かる。
(そうか……)
(あの時、お姉様が話していたのは……)
(妖精さんだったんだ)
ゼノンは娘の表情を見て、小さく微笑んだ。
「気になるか?」
エリシアは力強く頷く。
「はい!」
「妖精に……会ってみたいです」
その真っ直ぐな瞳を見つめ、ゼノンは優しく頷いた。
「ならば」
「一度だけ見せてやろう」
「竜族が見ている世界を」




