第78話 一歩
震える手。
溢れる涙。
木剣を握るだけで、身体が震える。
胸が苦しい。
怖い。
逃げたい。
そんな気持ちは、まだ消えていなかった。
それでも。
エリシアは木剣を握り直す。
大きく息を吸い。
ゆっくりと息を吐く。
そして。
「えいっ」
木剣を振る。
一回。
震えは止まらない。
二回。
涙で視界が滲む。
三回。
腕は思うように動かなかった。
それでも。
木剣を離さない。
逃げない。
昨日の自分なら。
怖くて木剣を手放していた。
昨日の自分なら。
その場で泣き崩れていた。
けれど今日は違う。
ほんの一歩。
ほんの少し。
昨日より前へ進めた。
その姿を見つめながら。
ゼノンは静かに微笑んだ。
「それでいい」
エリシアはゆっくりと顔を上げる。
ゼノンは優しく頷いた。
「お前は」
「昨日の自分に勝った」
その言葉が。
震える少女の胸へ、静かに届く。
エリシアの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
それは。
恐怖の涙ではない。
一歩前へ進めたことへの涙だった。
エリシアは涙を拭い、小さく笑う。
「……はい」
その笑顔は。
誰かに嫌われないために作った笑顔ではない。
自分自身の力で、一歩前へ進めた喜びから生まれた。
少女の、本当の笑顔だった。




