第73話 甘え方
少しずつ。
エリシアは、家族へ甘えることを覚えていった。
◇
「お父様、抱っこ」
その小さなお願いに、ゼノンは優しく目を細めた。
「もちろんだ」
そう言うと、大きな腕で娘を抱き上げる。
エリシアは安心したように、その温かな胸へ小さな身体を預けた。
「お父様……あったかい」
その何気ない一言だけで、ゼノンの表情は幸せそうにほころぶ。
「いつでも抱っこしてやる」
大きな手が、小さな頭を優しく撫でた。
◇
別の日。
エリシアはセレーネの部屋を訪れていた。
「お母様」
「今日も一緒に寝てもいいですか?」
セレーネは柔らかく微笑み、エリシアをそっと抱き寄せる。
「もちろんよ」
「何日でも一緒に眠りましょうね」
「はい」
嬉しそうに頷くエリシア。
セレーネは愛おしそうに娘の髪を撫でた。
「あなたは、まだ五歳の女の子なんですもの」
「たくさん甘えていいのよ」
その言葉に、エリシアは少し照れくさそうにはにかんだ。
◇
またある日。
「お兄様、遊んでください!」
「喜んで」
ノクスは手にしていた木剣を置き、笑顔で妹の手を取る。
「今日は何をして遊ぼうか」
「かくれんぼ!」
「いいね」
「じゃあ、お兄様が鬼だ」
「はい!」
二人は笑いながら庭へ駆け出していく。
楽しそうな笑い声が、黒竜城いっぱいに響いた。
◇
さらに別の日。
「お姉様」
「髪を結んでください」
「任せて!」
アステリアは鼻歌を歌いながら、エリシアの黒髪を丁寧に梳かしていく。
器用な手つきで髪を結い上げ、小さな花の髪飾りを添えた。
「できた!」
「今日も、とっても可愛いわ!」
鏡を見たエリシアは、ぱっと嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます」
その笑顔を見て、アステリアも満面の笑みを浮かべた。
◇
少しずつ。
本当に少しずつ。
エリシアは家族へ甘えることを覚えていく。
抱っこをねだること。
一緒に眠ること。
遊んでほしいとお願いすること。
髪を結んでもらうこと。
これまで知らなかった。
当たり前だけれど、何より温かな幸せ。
一つひとつの思い出が、凍りついていた少女の心を優しく溶かしていく。
そんな娘の姿を見つめながら。
ゼノンも。
セレーネも。
ノクスも。
アステリアも。
誰より幸せそうに微笑んでいた。
エリシアは胸へそっと手を当てる。
(甘えても……いいんだ)
(私は、この家の娘なんだ)
その小さな想いは。
温かな家族の愛に包まれながら、少しずつ少女の心へ根を下ろしていくのだった。
◇
その頃。
城下町でも、人々の心には少しずつ変化が生まれ始めていた。
「王家へ迎えられた人間の娘か」
「最初は驚いたものだが……」
「礼儀正しい子だと聞く」
「竜族の文化や作法も、一生懸命学んでいるそうだ」
「黒竜騎士団の者も、よく頑張っていると褒めておったな」
もちろん。
まだ戸惑う者もいる。
それでも。
「もう少し、あの子を見守ってみよう」
そう口にする者が、少しずつ増え始めていた。




