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捨てられた少女は、黒竜王の娘となる!?  作者: Atelier Lotus


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第72話 我慢しなくていい

 その日の夜。


 黒竜王ゼノンは、一人でエリシアの部屋を訪れた。


 コンコン。


「エリシア」


「入ってもよいか」


「……はい」


 小さな返事が聞こえる。


 部屋へ入ると、エリシアはベッドの上へちょこんと座っていた。


 ゼノンは少女の隣へ静かに腰を下ろす。


 しばらくの間、言葉はなかった。


 静かな時間だけが流れる。


 やがて。


 ゼノンは穏やかな声で口を開いた。


「エリシア」


「今日は、お前を叱りに来た」


 その一言に。


 エリシアの身体が小さく震えた。


(やっぱり……)


(嫌われた)


(迷惑を掛けた)


(追い出される……)


 胸の奥が冷たくなる。


 ゼノンは、そんな娘を優しく見つめていた。


「エリシア」


「もう我慢してはいけない」


 エリシアは、ゆっくりと顔を上げる。


 ゼノンは真っ直ぐ娘を見つめながら続けた。


「笑いたくない時は、笑わなくていい」


「泣きたい時は、泣けばいい」


「苦しい時は、苦しいと言えばいい」


「助けてと言っていい」


「我儘を言っていい」


 エリシアは呆然とゼノンを見つめた。


 そんな言葉を掛けられたことは、一度もなかった。


 ゼノンは静かに微笑む。


「エリシア」


「お前は、お前のままでいい」


「ありのままのエリシアでいいんだ」


「無理をして笑わなくていい」


「良い子を演じなくていい」


「お前は、お前でいてくれれば、それだけでいい」


 その時だった。


 部屋の扉が静かに開く。


 黒竜王妃セレーネ。


 第一王子ノクス。


 第一王女アステリア。


 三人が静かに部屋へ入ってきた。


 セレーネは優しく微笑み、エリシアの肩へそっと手を添える。


「私もよ、エリシア」


「ありのままのあなたが大好き」


 ノクスも優しく頷く。


「僕もだ」


「どんなエリシアでも、僕の大切な妹だ」


 アステリアは涙ぐみながらエリシアを抱き締めた。


「私も!」


「ずっと、ずっと大好き!」


 ゼノンはエリシアの頭へ、そっと手を置く。


「たとえ」


「世界中の全てがお前の敵になったとしても」


「私だけは」


「必ず、お前の味方だ」


 セレーネも微笑む。


「私も」


 ノクスは力強く頷く。


「僕も」


 アステリアは涙を拭いながら笑った。


「もちろん、私も!」


 エリシアの瞳から、大粒の涙が溢れ出す。


 止めようとしても。


 止まらない。


 ゼノンは優しく娘を抱き寄せた。


「エリシア」


「お前も」


「幸せにならなければならない」


 その一言で。


 エリシアの心を覆っていた最後の壁が、音を立てて崩れ落ちた。


 ゼノンの胸へ顔を埋め、声を上げて泣き続ける。


「ごめんなさい……」


「ごめんなさい……」


「ごめんなさい……」


 何度も。


 何度も謝り続ける。


 ゼノンは静かに首を横へ振った。


「違う」


「その言葉ではない」


 エリシアは涙で濡れた瞳を上げる。


 ゼノンは父親らしい、優しい笑顔を浮かべた。


「『ありがとう』だ」


 エリシアは何度も頷く。


 嗚咽で言葉にならない。


 それでも。


 震える声で。


 精一杯の想いを込めて口を開いた。


「……ありがとう」


 一度、大きく息を吸う。


 そして。


 生まれて初めて。


 心の底から、その名を呼んだ。


「……ありがとう、お父様」


 その一言を聞いた瞬間。


 ゼノンは何も言わず、娘を強く抱きしめた。


 セレーネも。


 ノクスも。


 アステリアも。


 四人はエリシアを優しく包み込む。


 その温もりは。


 もう二度と離さないという、家族の約束そのものだった。


 その夜。


 エリシアは生まれて初めて。


 我慢することなく。


 安心して、思い切り涙を流した。

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