第66話 新しい家族
養子縁組の儀から数日後。
黒竜王ゼノンは、エリシアを応接室へ呼び出した。
部屋へ入ると、黒竜王妃セレーネの隣に、二人の若い竜人が立っていた。
一人は、漆黒の髪に黄金の瞳を持つ青年。
もう一人は、艶やかな黒髪を肩まで伸ばした少女だった。
ゼノンは穏やかに微笑む。
「エリシア」
「紹介しよう」
「私たちの子どもたちだ」
青年が一歩前へ進み、静かに一礼する。
「第一王子、ノクス・ノワール=ヴェルだ」
「今日から君の兄になる」
「よろしく」
王族らしい堂々とした立ち姿。
しかし、その微笑みはどこまでも優しかった。
続いて少女が元気よく前へ飛び出す。
「私は第一王女、アステリア・ノワール=ヴェル!」
「今日からあなたのお姉様よ!」
そう言うと、嬉しそうにエリシアの前まで駆け寄り、小さな両手をそっと包み込んだ。
「ずっと妹が欲しかったの!」
「よろしくね!」
その時だった。
アステリアは、ふと誰もいない空間へ視線を向ける。
「ふふっ」
「分かってる、分かってる」
「ちゃんと仲良くするから」
そう言って、小さく頷いた。
まるで誰かと話しているようだった。
しかし次の瞬間には、何事もなかったようにエリシアへ向き直る。
「あっ、ごめんね!」
「続き続き!」
エリシアは不思議そうに首を傾げた。
(誰と話していたんだろう……)
(竜族って、こういう習慣なのかな……)
初めて訪れた黒竜王国。
まだ分からないことばかりだった。
だから、それ以上深く考えることはしなかった。
二人とも、とても自然な笑顔だった。
養女だからと特別扱いすることもない。
遠慮も、打算もない。
ただ、新しい家族が増えたことを心から喜んでくれている。
エリシアは慌てて頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
ノクスは優しく微笑み、小さな頭へそっと手を置く。
「そんなに緊張しなくていい」
「今日から家族なんだから」
アステリアも満面の笑みで頷いた。
「そうよ!」
「困ったことがあったら、何でもお兄様とお姉様に相談してね!」
エリシアは精一杯、笑顔を作る。
「……はい」
けれど。
その笑顔の裏では、小さな胸が締め付けられていた。
(嫌われないようにしないと)
(迷惑を掛けちゃだめ)
(我儘を言っちゃだめ)
(ちゃんと笑わないと)
(今度こそ……)
(捨てられないように)
誰にも気付かれないように。
エリシアはもう一度、笑顔を作った。
その笑顔が、本心ではないことを。
まだ誰一人、気付いてはいなかった。
◇
その頃。
黒竜王家が人間の少女を養女として迎えたという知らせは、国中へ広がっていた。
「人間を養女に迎えたらしい」
「黒竜王陛下は何をお考えなのだろう」
「前例がない話だ」
「人間と竜族……本当にうまくやっていけるのだろうか」
人々が口にしていたのは、憎しみではない。
ただ、これまで誰も経験したことのない出来事への戸惑いだった。
小さな不安の声は、静かに黒竜国中へ広がっていくのだった。




