第61話 帰る場所
魔法の訓練が始まって数日。
エリシアは少しずつ、自分の魔力を制御できるようになっていた。
もちろん、まだ完全ではない。
それでも。
封魔水晶が膨大な魔力を穏やかに抑え、魔法が暴走することはなくなっていた。
訓練を見守っていた宮廷筆頭魔導師クロノス・アルケインは、感心したように顎へ手を当てる。
「たまげたわい」
「封魔水晶でこれほど魔力を抑えておるというのに、この魔力量とは……」
クロノスは苦笑しながら続けた。
「わしも数万年、魔法を研究してきたが、こんな子は初めてじゃ」
「将来は、わしなど足元にも及ばぬほど偉大な魔法使いになるやもしれんな」
その言葉に、エリシアは困ったように俯く。
「私が……ですか?」
ゼノンは静かに頷いた。
「ああ」
「お前には、その可能性がある」
「だからこそ、焦る必要はない」
「一歩ずつ学んでいけばいい」
エリシアは首元の封魔水晶へそっと触れた。
透明な水晶は、今日も優しく輝いている。
この首飾りがあるから。
今の自分は安心して魔法を使うことができる。
訓練を終えたエリシアは、ゼノンたちへ一礼し、黒竜城への帰路についた。
城の中へ入ると、廊下のあちこちから楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「今日もありがとう」
「明日も頼むぞ」
「ふふっ、それは内緒です」
思わず声のする方を見る。
しかし、そこには侍女や黒竜騎士たちの姿しかなかった。
皆、誰もいない空間へ向かって、穏やかな笑顔で話し掛けている。
(……誰と話しているんだろう)
エリシアは小さく首を傾げた。
そういえば。
黒竜城へ来てから、何度か同じ光景を見掛けていた。
料理人も。
侍女も。
黒竜騎士たちも。
時折、誰もいない場所へ向かって楽しそうに話をしている。
(竜族の習慣なのかな……)
不思議に思いながら廊下を歩いていると。
向こうから、一人の女性が姿を現した。
黒竜王妃セレーネだった。
セレーネはエリシアを見るなり、柔らかく微笑む。
「おかえりなさい」
その何気ない一言に。
エリシアは足を止めた。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
気付けば。
言葉が自然と口をついていた。
「……ただいま」
その瞬間。
セレーネの笑顔が、さらに優しくなる。
「おかえり、エリシア」
その声を聞いた時。
エリシアは胸へそっと手を当てた。
(帰ってきたんだ……)
ここが。
自分の帰る場所なのだと。
少女は初めて、そう思うことができた。




