第60話 魔法は悪くない
翌朝。
エリシアは黒竜城の訓練場へ案内されていた。
そこには、黒竜王ゼノンと一人の老竜人が待っていた。
白銀の長い髪。
長い年月を感じさせる深い皺。
それでいて、その黄金色の瞳には少年のような知性と好奇心が宿っている。
ゼノンが穏やかに紹介した。
「紹介しよう」
「こちらは我が国の宮廷筆頭魔導師」
「クロノス・アルケイン先生だ」
クロノスは穏やかに一礼する。
「はじめまして、エリシア様」
「これから魔法を教えさせていただきます」
エリシアは慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……」
クロノスは優しく微笑む。
「謝ることではありませんぞ」
「そんなに緊張せんでも大丈夫じゃ」
ゼノンはエリシアの前へ歩み寄る。
「今日は、お前に魔法を教えようと思う」
その言葉に、エリシアの身体が小さく震えた。
「……魔法」
胸が締め付けられる。
魔法。
その言葉を聞くだけで、あの日々が蘇る。
暴走した魔法。
怯える家族。
地下室。
そして、黒曜山。
すべての始まりとなった力。
ゼノンは静かに語り始めた。
「エリシア」
「竜族は、人間よりも魔素との親和性が高い種族だ」
「そのため、幼い頃に魔法を暴走させる幼竜は決して珍しくない」
クロノスは頷きながら口を開く。
「わしも幼い頃は、魔法を暴走させてのう」
「師匠の研究塔を半分ほど吹き飛ばしたことがある」
近くにいた黒竜騎士が苦笑する。
「私は訓練場を水浸しにしてしまいました」
一人の侍女も照れくさそうに笑った。
「私は洗濯物を風魔法で飛ばしてしまい、城中が大騒ぎになりました」
その場にいた竜人たちから、小さな笑い声が漏れる。
エリシアは目を丸くした。
「みんな……?」
ゼノンは穏やかに頷く。
「ああ」
「誰もが失敗する」
「誰もが学び」
「少しずつ魔法を使えるようになっていく」
「お前だけではない」
エリシアは言葉を失った。
自分だけがおかしい。
自分だけが危険な存在。
ずっとそう思って生きてきた。
ゼノンは少女の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「魔法は悪ではない」
「魔法は恐れるものでもない」
「使う者の心次第で、人を傷付けることもあれば、人を守ることもできる」
「だからこそ」
「正しく学ぶことが大切なのだ」
クロノスも優しく微笑んだ。
「エリシア様」
「数万年生きてきたわしが断言しよう」
「魔法そのものに、善も悪もありません」
「あるのは、それを扱う者の心だけですぞ」
静かな言葉だった。
しかし、その言葉はゆっくりとエリシアの心へ染み渡っていく。
ゼノンは優しく微笑んだ。
「これからは、私たちと一緒に学ぼう」
「魔法と共に生きる方法を」
エリシアは首元の封魔水晶へそっと触れる。
淡い光を宿した水晶は、今日も静かに少女を包み込んでいた。
その温もりを感じながら、小さく頷く。
「……はい」
その返事を聞いたゼノンとクロノスは、満足そうに微笑んだ。
生まれて初めて。
エリシアは、自分の魔法を否定されることなく、未来のために学ぼうと思えた。




