第57話 封魔水晶
翌日。
黒竜城付きの医務長が、エリシアの診察を行っていた。
脈拍。
魔力の流れ。
体内を巡る魔素。
一通り診察を終えた医務長は、静かにゼノンへ向き直る。
「陛下」
「やはり、この子の魔力量は尋常ではありません」
部屋に緊張が走る。
医務長はゆっくりと説明を始めた。
「竜族は、人間よりも魔素との親和性が極めて高い種族です」
「そのため、幼い頃に魔法を暴走させる幼竜は決して珍しくありません」
ゼノンも静かに頷く。
幼い竜は誰もが魔法の制御に苦労する。
それは竜族では、ごく当たり前のことだった。
しかし。
医務長は首を横へ振る。
「ですが、この子は違います」
「体内に宿る魔力量は、黒竜族の中でも極めて稀です」
「私も長年医師を務めておりますが、このような魔力量を持つ子は見たことがありません」
部屋は静まり返った。
ゼノンは静かに小さな箱を開く。
中には、一つの首飾りが納められていた。
透明な水晶が、淡く優しい光を放っている。
ゼノンは首飾りを手に取り、エリシアへ見せた。
「エリシア」
「これは封魔水晶だ」
エリシアは不安そうに見つめる。
ゼノンは穏やかな声で続けた。
「お前の魔力を封じるものではない」
「暴走しないよう、魔力を穏やかに抑えてくれる魔道具だ」
「魔法を制御できるようになるまで、これを身に着けていなさい」
そう言って、ゆっくり首飾りを掛けようと手を伸ばす。
その瞬間だった。
エリシアの身体がびくりと震えた。
脳裏に蘇る。
地下室。
重い鉄の扉。
外から掛けられる鍵。
自由を奪われた、あの日。
首飾りが。
まるで枷のように見えた。
「いや……」
息が苦しい。
身体が動かない。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
震えながら謝り続ける。
その様子を見たセレーネは、そっとゼノンの腕へ触れた。
ゼノンはすぐに手を引く。
セレーネはエリシアの前へしゃがみ込み、優しく微笑んだ。
「怖かったのね」
その一言に、エリシアは小さく肩を震わせる。
セレーネは首飾りを両手で包み込み、優しく語り掛けた。
「これは、あなたを縛るものじゃないわ」
「あなたを守るための首飾りよ」
そして、微笑みながら続ける。
「もちろん」
「嫌なら着けなくてもいいの」
エリシアは目を見開いた。
「……え?」
「着けるかどうかは、あなたが決めていい」
「誰も無理強いはしないわ」
その言葉を聞いた瞬間。
エリシアの心が大きく揺れる。
(私が……決める……?)
地下室へ入る日も。
休日だけ外へ出る日も。
黒曜山へ連れて行かれた日も。
自分の意思を聞かれたことなど、一度もなかった。
いつも。
決めるのは大人だった。
セレーネは急かさない。
ただ静かに、エリシアを見守っている。
やがて。
エリシアは震える手をゆっくりと伸ばした。
首飾りをそっと受け取る。
そして、小さく頷いた。
「……着けます」
ゼノンは優しく微笑む。
「ありがとう」
首飾りがエリシアの首元へ掛けられる。
不思議なことに。
先ほどまで感じていた恐怖は、もうなかった。
封魔水晶は淡く輝きながら、少女の膨大な魔力を静かに包み込んでいく。
その温もりは。
まるで、「もう大丈夫だ」と語り掛けてくれているようだった。




