第55話 黒竜王の名にかけて
翌日。
黒竜王ゼノンは、一人でエリシアの部屋を訪れた。
コンコン。
静かなノックの後、ゆっくりと扉が開く。
エリシアはベッドの端へ腰掛け、小さく身体を縮こませていた。
ゼノンは少女を驚かせないよう、ゆっくりと歩み寄る。
そして、目線を合わせるように静かに膝をついた。
「少し話をしてもいいか」
エリシアは不安そうな表情のまま、小さく頷く。
ゼノンは穏やかな声で告げた。
「お前の身柄は、この黒竜王ゼノンが預かる」
「全責任は私が負う」
「黒竜王の名にかけて、お前の安全を保証しよう」
その言葉を聞いた瞬間。
エリシアの瞳が揺れた。
脳裏に蘇る。
黒曜山。
別れ際。
優しく微笑んでいた父の姿。
『ここで待っていなさい』
『迎えを寄越す』
信じていた。
だから待った。
日が暮れても。
夜になっても。
寒くても。
お腹が空いても。
ずっと待ち続けた。
それでも。
誰一人、迎えには来なかった。
エリシアは毛布を強く握り締める。
(また……)
(また嘘なんだ……)
(信じたら……また捨てられちゃう……)
小さな肩が震える。
ゼノンは、その様子を静かに見つめていた。
少女の瞳に浮かぶ恐怖。
それは自分への恐怖ではない。
人を信じることそのものへの恐怖だった。
ゼノンは無理に言葉を重ねない。
ゆっくりと立ち上がると、穏やかに微笑んだ。
「今は信じられなくてもいい」
「私は待つ」
「お前が、自分の意思で信じてくれる、その日まで」
そう言い残し、静かに部屋を後にする。
扉が閉まる。
部屋は再び静寂に包まれた。
エリシアは閉じられた扉を見つめ、小さく呟く。
「……ごめんなさい」
その声は、誰にも届かなかった。




