第54話 黒竜王
会議室は静まり返っていた。
誰も口を開かない。
外務大臣の意見も正しい。
軍務大臣の意見も正しい。
法務大臣の意見も正しい。
そして。
巡回黒竜騎士と王妃セレーネの言葉もまた、竜族が代々受け継いできた慈悲そのものだった。
長い沈黙が流れる。
やがて。
黒竜王ゼノンは静かに立ち上がった。
全員の視線が集まる。
ゼノンは一人ひとりの顔を見渡し、ゆっくりと口を開く。
「竜族には掟がある」
誰も言葉を挟まない。
「その掟は、多くの先人たちが流した血と涙の上に定められたものだ」
「故に、軽んじることは許されない」
一拍置く。
「……だが」
その一言で、会議室の空気が変わる。
ゼノンは静かに続けた。
「掟とは、何のために存在する」
誰も答えない。
ゼノンは自ら答える。
「命を守るためだ」
「国を守るためだ」
「民を守るためだ」
「そして」
「弱き者を守るために存在する」
静かな声だった。
しかし、その一言一言には王としての重みがあった。
「もし、この少女を保護したことを誘拐だと非難されるなら」
「その非難は、すべて私が受けよう」
外務大臣が息を呑む。
「外交問題になるなら」
「私自らアルディア王国へ赴き、話をつける」
軍務大臣が拳を握り締める。
「戦争になるというのなら」
「王である私が、その責任を負う」
会議室に緊張が走る。
ゼノンは力強く宣言した。
「全責任は」
「この黒竜王ゼノンが負う」
誰も動かない。
誰も言葉を発しない。
王はさらに続けた。
「この子は」
「私が預かる」
それは。
黒竜王としての決定であり。
ノワール=ヴェル竜王国の王命だった。
長い沈黙の後。
宰相が静かに立ち上がり、深く一礼する。
「……御意」
その声を皮切りに。
外務大臣。
軍務大臣。
法務大臣。
内務大臣。
教育大臣。
医務長。
黒竜騎士団長。
巡回黒竜騎士。
そして黒竜王妃セレーネ。
全員が静かに頭を垂れた。
「御意」
こうして。
一人の捨てられた少女は。
黒竜王国の保護下へ正式に迎え入れられた。
この日、黒竜王ゼノンが下した一つの決断は。
後にノワール=ヴェル竜王国の歴史に刻まれる、大きな転換点となるのだった。




