表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた少女は、黒竜王の娘となる!?  作者: Atelier Lotus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/118

第48話 ごめんなさい

 翌朝。


 部屋の扉が静かに開いた。


 一人の侍女が、朝食を運んでくる。


 木の盆の上には、焼きたてのパン。


 温かな野菜のスープ。


 卵料理。


 そして、小さな果物が添えられていた。


 決して豪華な食事ではない。


 辺境伯邸で暮らしていた頃の食卓と比べれば、ずっと質素だった。


 それでも。


 湯気の立つスープは温かく。


 焼きたてのパンは、香ばしい匂いを漂わせている。


 侍女は机へ料理を並べると、優しく微笑んだ。


「温かいうちに召し上がってください」


 その一言に。


 エリシアは戸惑った。


 こんなふうに優しく声を掛けられたのは、いつ以来だっただろう。


 思わず立ち上がり、深く頭を下げる。


「ごめんなさい……」


 侍女は目を丸くした。


「え?」


「ごめんなさい……」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 侍女は困ったように微笑むと、小さく一礼し、部屋を後にした。


     ◇


 黒竜城で過ごすうちに。


 エリシアは、一つのことに気付いた。


 あの日。


 黒曜山で自分を助けてくれた黒竜は、目の前で人の姿へ変わった。


 夜空のような黒髪。


 黄金色の瞳。


 そして。


 自分を抱き上げてくれた、温かな腕。


 けれど。


 人の姿をしているのは、あの黒竜だけではなかった。


 黒竜城で暮らす竜族たちは、皆、人と同じ姿をしていた。


 人と同じように食事をし。


 人と同じように働き。


 人と同じように言葉を交わし。


 人と同じように笑い合っている。


 エリシアは、不思議に思った。


(どうして……?)


(どうして竜なのに、人の姿をしているんだろう……)


 黒曜山で初めて黒竜が人の姿へ変わった時にも、同じ疑問を抱いた。


 けれど。


 あの時は、寒さと空腹で意識も朦朧としていて、それ以上考える余裕などなかった。


 今は違う。


 侍女も。


 医師も。


 廊下ですれ違う竜人たちも。


 皆、人と同じ姿をしている。


 どうしてなのだろう。


 気にはなった。


 けれど。


 誰かに尋ねる勇気は、まだなかった。


 それ以上に。


 エリシアには、分からないことがあった。


 誰一人として。


 恐ろしい魔物には見えなかった。


 それどころか。


 皆、とても優しかった。


 その優しさが。


 エリシアには怖かった。


 どうして、こんなに優しくしてくれるの。


 何か理由があるのかな。


 あとで食べられちゃうのかな。


 そんなことばかり考えてしまう。


     ◇


 その夜。


 眠っているエリシアへ、一人の侍女がそっと毛布を掛けた。


 その温もりで、エリシアはゆっくりと目を覚ます。


 肩へ掛けられた毛布を見つめ、小さく頭を下げた。


「ごめんなさい……」


 侍女は優しく首を横へ振る。


「謝ることではありませんよ」


 しかし。


 エリシアは何度も頭を下げ続ける。


「ごめんなさい……」


「ごめんなさい……」


     ◇


 翌日。


 黒竜城付きの医師が診察へ訪れた。


「少し診せてもらうね」


 医師は優しく声を掛け、エリシアの袖をそっとまくる。


 その瞬間。


 医師の表情が固まった。


 白い肌には、新しい青紫色の痣。


 黄色く薄れ始めた痣。


 消えかけた古い痣。


 幾重にも重なった打撲の跡が、小さな腕を覆っていた。


 肩にも。


 背中にも。


 細い脚にも。


 同じような痣が残されている。


 一度や二度ではない。


 何か月もの間、繰り返し暴力を受け続けた者だけが残す傷だった。


 医師は言葉を失う。


 胸が締め付けられた。


 それでも何も言わず、震える腕へ優しく薬を塗っていく。


「少し冷たいけれど、すぐ終わるからね」


 エリシアは小さく頷く。


「ごめんなさい……」


 医師の手が止まる。


「痛かったかな?」


 エリシアは首を横へ振った。


「違うの……」


「ごめんなさい……」


 その言葉しか出てこなかった。


     ◇


 数日後。


 黒竜城では、一人の少女のことが話題になっていた。


「食事を運んでも謝るそうだ」


「毛布を掛けても謝る」


「診察をしても謝る」


「誰かと目が合うだけでも謝るらしい」


 竜人たちは互いに顔を見合わせる。


 誰も叱ってはいない。


 誰も怒鳴ってはいない。


 誰も傷つけてもいない。


 それなのに。


 少女は何かをしてもらうたび、深く頭を下げる。


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


 その言葉だけを繰り返す。


 そして。


 全身へ残された無数の痣。


 新しいもの。


 治りかけたもの。


 消えかけたもの。


 それらは、少女が長い間、誰にも助けてもらえなかったことを静かに物語っていた。


 一人の老臣が静かに目を伏せる。


「……この子は」


「これまで、どれほど過酷な日々を生きてきたのだろうな」


 その場にいた誰も。


 答えることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ